薄暗い教室に黒っぽい蜜柑色の光が差し込んでいる。その中で、あたしは初めて会った人に好きだと云われて相当混乱している。 「いや、え、あの」 「だから、よかったら、付き合ってほしいんだけど」 彼はあたしの首元あたりを見たまま顔を赤くしている。私も暑いので多分、結構赤い顔をしているのだろう。 あたしは、彼が何故あたしにこんなことを言うのか全く読めなくて、「え?」みたいな、「ぁ?」みたいな小さくて聞き取れないような声を沢山出している。でも何でですかなんて正直に聞けるわけもなく あたしは後ろにある机に手をついて、黙る。 そうすると、さっき「渡辺」と名乗った彼、要するに渡辺君があたしの方に一歩踏みだして、「だめ?」と言った。赤かった顔はもう普通の顔色に戻っていて、目が、なんとなく怖い。 「いや、だめっていうか、…えーっと…」 「好きな人いないんだったら、俺と付き合って」 あっれ、さっき「よかったら付き合って」って言ってなかった!?言ってなかったですか君!?あたしがえっ?って声を上げると、もう一歩、もう一歩、って近づいてきてもともとそんなに遠くなかった渡辺君との距離は随分縮まってしまった。あのこれって結構やばいんじゃないでしょうか 「好きな人いるの?」 「いや…いない、というかいるというか、…でも、あの」 「じゃあ、いいじゃん。俺、好きだから、お前のこと」 言うと渡辺君はすーっと手を伸ばしてあたしの肩を掴む。あたしがびくっとなると渡辺君はちょっと笑って「な?いいだろ?」って言った。こ、怖いよこの人怖いよ怖い!!内心ドックドックで手なんかもう震えてる状態であたしは渡辺君の手を振り払えないでいると、段々渡辺君の顔が近づいてくる。えっ嘘!嘘!反射的に目をつむってしまって、まずい、と思った。閉じている目の外が暗くなって、影ができたと感じる。やだ、ちょっとまじでほんとにいやだって ば ガラッと豪快に扉が開く音がしてあたしはぎゅっと閉じていた目を見開いた。渡辺君もびっくりしている。 「…何してんのお前」 聞きなれた声があたしの耳に届いて、嬉しいようなショックのような感情が湧きあがる。阿部に、こんなとこ見られたら、絶対誤解される。ていうかあたしなら阿部と女の子がこんなことになってたら普通に誤解する。サーッと血の気が引いていく音がするようだった。渡辺君は少し居づらいような面持で阿部を振り返った。 「阿部か…なんだよ」 「あのさ、お前にちょっと教えておくことがあって」 阿部が渡辺君に近づいて、ていうか渡辺君のすぐ近くにいるあたしにも近づいているわけなんだけれどもそんなこと今は正直どうでもよくて、とりあえず阿部がちょっと今までに見たことのないような笑顔を渡辺君に向けていることが重要だ。あたしはそのなんとも言い難い雰囲気に飲まれて何も言えずにいると、阿部は渡辺君の正面にきて、渡辺君もようやっとあたしの肩から手を離した。 「まずひとつ、こいつ見た目と違って乱暴なとこあるからそこはわかっておいた方がいい」 阿部!あんたね!って言おうとしたけどやっぱりそんな雰囲気じゃないし、ふざけている場合でもない。あたしが息を潜めて阿部と、阿部を表現しにくい表情で見つめる渡辺君を交互に見ていると、阿部がいきなり間合いを詰めて渡辺君の胸倉をガッと音をたてて掴んだ。渡辺君はそんな阿部に対処しきれずに、渡辺君の後、あたしの横にある机に体をぶつけた。結構大きな音が響いてあたしはひっと息をのむ。 「二つ目」 阿部はさっきのような笑顔とはまるで違ってすごく怖い顔をしていて、目で蛙を殺せそうだ。それは蛇だっけ?もうわけがわからない。阿部はゆっくりと口を開く。 「俺のに手ぇ出したら、ただじゃおかねぇ」 言ったあとに阿部は乱暴に手を離して、「悪いけど帰ってくんない?俺こいつと話あるから」と言ってもう一度強く渡辺君を睨んだ。渡辺君はかなわないと思ったのか、「…わかったよ」と律儀に返事をして、荷物を持って足早に帰って行った。教室の扉が閉まる音がすると、阿部ははあ、とため息を履いてさっき渡辺君が衝突した机の上に腰を下ろした。 「なにやってんだよ、お前」 「なに、って…なにが」 「なにがじゃねえだろ。あんなやつに何されようとしてたんだよ」 「ちがっ、渡辺君が、いきなり…っ」 そう言うと、急に腕を引っ張られて、阿部の顔のすぐ近くでぴたりと動きを遮られる。阿部は座っててあたしは直立不動の状態だから、阿部があたしを見上げるみたいになってた。あたしが驚いて息を止めていると、阿部の唇があたしの其れに押し付けられる。またあたしは驚いて、自由の利く左手で阿部の肩を押し返そうとするのだけど、その手も阿部の右手に強く掴まれて、あたしはどうすることもできなくなってしまった。やっと唇を離してくれたと思ったらゴツッとすごい音をたててあたしの頭に阿部の頭がぶつかった。 「あたっ!」 「お前、ふざけんなよ。あんな男に簡単に触られてんじゃねえぞ」 いつもより低い声で、あたしは、阿部が怒った、と思って泣きそうになる。ていうか、さっき阿部があたしにしたことも含めて泣きそうになる。お互いの額がくっついた状態でそのままだから、阿部はあたしが泣きそうなことにすぐ気づいたらしく、あたしの左手を開放して、頭を、自分の肩口に押し付けた。申し訳ないことに、あたしの涙が阿部のシャツに吸収されていってしまった。 「怒ってんだよ俺は。…俺、さんざん我慢してたのに、お前、簡単に触らすから」 「…え?」 「俺以外の奴なんか見るなよ」 そう言った阿部の吐く溜息が、あたしの耳を掠ってどうしようもなく恥ずかしくなる。 「…なんで黙るんだよ」 「え、だっ、…って」 「ああ、意味わかんなかった?じゃあもっかい言ってやる」 俺は、お前が好きだっていってんの。そう言って阿部は耳元で困ったように笑った。 (シグナル受信機) |