何時だか忘れたが、暇潰しついでに聖書を読んだことがあった。仏教では、死んだ人間は皆仏になるらしい。ところがキリスト教は如何だろう、神は一人だ。崇めるのはたった一人、イエスキリストその人だけ。僕はそういう宗教とかに興味がなかったのでただ流し読みをしていただけだったのだけれど、その中の一文で、敵を愛しなさい、というものがあった。驚いた。敵を愛して何になるというのだ。敵なんて殺人の対象になるだけだし、その上殺した瞬間から興醒めだ。死ぬ間際の姿を美しいと僕は思うのだけれど、死体が美しいとは如何しても思えない。なぜならそこにもう心はないから。 「だから?」 「うん、だからね、死体って、あんまり好きじゃないんだ」 「まあ、死体が好きな奴なんてそうそういないと思うけど」 そうだね、と僕は相槌を打つ。その後、でもね、と呟いた後に彼女をまっすぐ見つめて、頬を撫でる。彼女の頬は少し荒れていて、最近少し仕事を入れすぎたかな、と後悔する。それでも彼女には変わりなくて、僕を見つめる日本人特有の真黒な目を綺麗だと思う。染めていない髪も、僕があげた香水の香りも全て、彼女の一つだ。 「君の死体なら、僕がもらいうけてもいいって思うよ」 (モラルの海) |