「死を疎ましいものだと思ったのは、生まれて初めてだよ」
「そうですね、あたしもです」
「ふふ。さて、君はそろそろ逃げた方がいいよ」

ここは僕が引き受けるからさ。そういってにこりと笑いかけるとはぶんぶんと頭を振ってそれを否定した。あっけにとられた僕は、何故と問う。この失態は、許されないものだから、最後は僕がきれいにしてあげようと思っていたのに。

「あたしも残ります」
「だめだよ。もう少しで乗り込んでくる。もう下の部下は全部獲られた。残すのは僕等だけ」
「知ってます、だからあたしも残ると言ってるんです!」
「それは、ボスとして認められないな」
「部下として全力で拒否します」

泣きそうな顔を無理に冷静に見せようとして、握る拳が震えているのを見つけて、僕は悟った。嗚呼、この子は判っているのだ。僕がここで残ってどんなに強い力を見せつけたとしても、叶いはしないと。戦いの最中に腕を上げている彼らの能力は未知数だ。ここまで来るときには、もっと強くなっているかもしれない。だけどどうしても、僕は、自分が負けるところを想像できないのだ。

「あのね、僕は君に生きていてほしいんだよ」
「あたしだって同じです、貴方に生きていてほしい」
「うん。僕は生き残るよ。そして君はそのために先に外へ脱出。いい手でしょ?」

全然いい手じゃありません!と声を荒げて僕をまっすぐ見つめる。必死な視線に、折れることは、許されないことだと判っていたのに、僕の心は揺らぐ。はゆっくり僕の白い服の裾を握る。ぎゅう、と皺が寄るくらい、強く。その手に、彼女の全てが詰まっている気がした。

「あたしは、…あたしはあなたと…」

言いきる前に、とうとうの眼からは涙が零れてしまった。ああ、また、泣かせてしまったなあ。俯いて震える彼女の顔を冷たい手で覆って、上を向かせる。まったく、ひっどい顔だなぁ。かわいいから、どんな顔してても全然大丈夫だけど。もう、そんなことを考えている余裕も、段々無くなって来た。5階下のブザーが鳴っている。もうすぐだ、もうすぐで彼らは、ここを見つけて突入してくるだろう。ここまで考えて、ふと思った。それを口に出したら彼女は怒るだろうかと考えたが、最後かもしれないので言ってみることにした。決して許されないことだったのに。


「はい」
「僕は、君には殺されてもいいと思ってる。君はどうかな」

は驚愕の表情を浮かべた後、ゆっくり目を閉じて、決意の表情を見せた後、笑った。

「あたしもそうです、わかっているでしょう?」

合図なしで強く抱きしめ合う。の涙を僕の服が吸い取る。溢れる涙を、僕の指が拭う。これを続けて、僕は君の涙になってしまえばいいのに、と思った。それなら、君の傍に、ずっと、一緒に居られるのに。

拳銃を取り出す。幾百の人間を殺してきた銃だ。僕の相棒だった。最期の一発は、愛する者の為に。彼女をみると同じように拳銃を取り出していた。安全装置を解除する。抱き合いながら、お互いの胸に銃口を充てる。そのままに、キスをした。今までしたなかで、一番甘くて、一番、切ない。



「愛してる」



トリガーを引いた。





(終わる世界)