細い手首を程よい力で握る。それでも彼女は顔を歪ませる。その顔が堪らないんだと告げると彼女の眼から、涙が零れた。貴方は最低だ、そう言い続けて泣くのだ。そうだ、僕は最低だ。最低の人間だ。だがその最低の人間に振り回されている君も相当最悪だと、正直僕は思っている。

電気も付けずに暗い僕の部屋では、大きな窓から入る夜景の光がよく届く。とても幻想的で優雅な光景だと思うのだけど、彼女の泣きそうな顔で、それが幻想的どころか半永久的な地獄の始まりだと告げているようにも見えて、とても素敵だと思った。こんな美的センスの持ち主は、そう簡単に現れないと思う、自分で。彼女の頭の横に掴んだ手首を押し付けて僕は微笑む。ひんやりと冷えた壁が彼女の背中の体温を下げているようだった。

「びゃ、くらんっ…離してよ…!」
「ダーメ。離したら、が何処かに行っちゃうでしょ」

そう言うと彼女は、「どこにもいかないから、っお願い…」と懇願した。僕は少し驚いたあとにやはり元の笑顔に戻る。離してあげたいんだけどね、と言うと彼女はハッと表情を変える。それでも僕は視線をそらさずに、自分の顔を彼女の顔に近づけて、「本能では、君を愛したいと思っているんだよ」と囁く。おでこをこつんとぶつけると彼女は泣きそうな顔をして顔を背ける。それを許さないとでも言うように僕はその逃げる唇にキスをした。深く、深く。彼女が苦しそうに僕の名前を呼ぶから唇を離してあげたらとうとう嗚咽が漏れてしまった。

「うっ…っ…」
「あーあ、また泣いて」
「あんたがっ…泣かしてんの…!」
「そうだね、でも、そそるなぁ」

ぺろりとしょっぱい涙を舐めると、僕から顔を思いっきりそらして、「だから、嫌いだっていってんのに」と言ってまた泣いた。このやりとりを何度やったことか、記憶は確かではない。どうして彼女を愛しいと思うのか、どうして僕は生きているのか、そういう事と同じことだ。

「最低だよっ…あんたはさあ…!」

それでも君を愛していることは事実なんだ。嫌がる彼女に深く口づけながら思う。どうして気づいてくれないのかと。僕が生きているこの事実に、君にだけは気づいてほしい。




(殺意のある欲情)