僕はこれまで、何一つ不自由しなかったと豪語できる。毎日の食事とか女との肉体関係とかそんな日常の事から夜のことまで、挙げればキリがないのだけど、やっぱり僕は自由じゃないと嘆くことが何一つだって思いつかない。なんて幸せな生活を送っていたのだろうねえ? それでも、自分の周りで起こっていることに気づいていなかったわけじゃなかった。目まぐるしく変わっていく僕の周囲。僕が家に帰ると両親が血まみれで倒れていたのも、そのうちの一部だ。 (あっけないよなぁ) だけど、一部にすぎなかった。最初から両親は自分のことを見ていないことは知っていた。言われたことを難なくこなす息子に輝く目を向ける。その中に轟く恐怖を、僕はしっかりと読み取っていたのだから。だから、僕はその日から外に出てみることにした。もっと広い広い世界へ。マフィアという存在は、両親から聞いて既に知っていたから(もともとマフィアだったらしいから、殺されたのはそれが理由なのかもしれない、どうでもいいけど)、違う国へと飛んでみた。利口に、隠してあるのを知っていた家の金庫の中身をごっそり頂いて。マフィアと言えばイタリアだという情報を聞いて、とりあえずイタリアへ。色々試行錯誤している間に僕はミルフィオーレファミリーなんてちょっと軽い感じのマフィア集団に身を置くことになって、数年でこの地位まで築き上げてしまった。人もたくさん殺して、たくさん生かした。初めの頃には「新参者のくせに」といやらしい目を向けてくる人間が多く居たのだけど、僕の任務の成功率が知れ渡ってから誰一人として文句を垂れ流す者はいなくなった。実に愉快だ。 そして今、僕がボスとなったミルフィオーレファミリーは現在も拡大中である。偉大なるボンゴレは、僕の力によって崩壊しつつある。まだ根強く生き残っているファミリーはまだ多数あるのだけれど、僕は、僕の願いがいつ叶うのか、心を躍らせながら考えている。 そして、ある日に僕は出会うのだ。僕がきれいな名前だと思って選んだ女の子が、目の前に現れたとき、既に時計は流れ、そして戻り始めていた。 「お初にお目に掛かります、白蘭様」 第一声がこれだ。まあ、他の人間と変わりはない言動。ボスである僕に対する敬礼。だけど僕を見つめる目の奥に光る物を、僕は見逃さなかった。 「此の度、ホワイトスペルの第6ムゲット隊に配属されました、・です」 「うん、知ってるよ 僕が選んだんだからね」 「ありがたき幸せ、光栄であります」 背筋をしっかりと伸ばしている様は、表情を引き締める彼女にとてもお似合いだった。だけど、何時もの僕の気まぐれなのか、はたまたそうではないのか。今となっては定かではないが、とにかくほかの彼女の表情を探ってみたい衝動に駆られてしょうがなかった。「紅茶を入れるのは得意?」と言うと、突然の問いかけで少し驚いたようなそぶりを見せたがすぐに、「人並みには」と返事をした。それを聞いて僕は気を良くする。 「ふうん、そう。…じゃあチャン、君今日からまた移動ね」 「は… え?」 「今日から、僕の世話係になってもらうことにした」 そう言うと彼女は驚いた顔で僕を見上げる。うん、いい顔してるね。嫌いじゃない、そういうの。 「世話係、ですか?」 「うん、僕が今決めた」 「あの…お言葉ですが白蘭様、ユニ様やブラックスペルの方々になんと言われるか…」 「んー?それは僕のほうでうまく纏めておくよ 僕の意見だしね」 「…」 「誰一人、僕の意見に最後までNOと言った人間は居ないんだ」 生憎ね、そういうと彼女は苦笑してから、「わかりました」と息をついた。ガラスのテーブルに反射する日光が、僕と彼女の白い制服にまた反射する。そうして角度を生んだ光は僕たちを取り巻き、とても幻想的だった。イタリアの青い空を僕は横目に写す。ふと彼女の黒髪が僕の興味を突き、ゆっくりと一歩ずつ彼女に歩み寄った。音を立てる床が光る。 「キミ、出身地はどこだっけ?」 「日本です」 「ああそう、それじゃあ日本名は?」 「といいます。日本ではファーストネームとファミリーネームが逆になるので」 「うーん、紙とペンは持ってるよね」 「はい?」 「書いてよ、名前。漢字で」 漢字は一つ一つ意味があるって聞いたことがあるよ。というと彼女は眼を見開いたあとに、手にしていたボードの紙を裏返しにして、カツカツと音を立てながらペンを走らせる。僕はそれを上から覗きながら、彼女の白い手を見つめていた。 「こう、書きます」 出来上がって白い紙に浮かんだ黒い文字は、何故か僕の心を打ちのめし、耳の奥で音を鳴らした。僕が何も言わないことを不安に思ったのか、彼女が「あの…」と僕に声をかける。その声で我に帰った僕は言った。 「こう書くんだ。とても綺麗で、君らしいね」 「日本語、読めるんですか?」 「多少はね 他にもあと6ヶ国語しゃべれるかな?」 「それは…すごいですね…」 感嘆の声を洩らす彼女の表情に不意をつかれて、僕はたまらず吹き出してしまった。そのままお腹を押さえて笑い声をあげていると、顔をかああっと赤くしながら、「白蘭様!」と少し怒ったような声を出す。「世話係」という新しい言葉が彼女をそうさせたのか、僕がそうさせたのかわからないが、垣間見える彼女の内面が、僕は好きになりかけていた。たくさん裏切ってきた、この僕が。 笑える。本当に、笑えるよ。 「っはははは、君、ほんと、おもしろ…っ」 「今のどこに笑える要素があったんですか…」 「ん、全部だよ 全部」 眼尻に浮かんできた涙を指の背で拭いながら彼女を見ると、顔の赤みは引いていったらしかった。そっと彼女の頬に手を添えると、肩を震わせる。驚愕の顔で僕を見る彼女は、初めて会った時とはどこか違う、普通の女の子だった。どうしてこの世界にいるのか、不思議に思うくらい。 「僕、君に興味がわいたよ。とても」 これから始まるエンターテイメントショーを、彼女は楽しませてくれるだろうか。 (Beautiful world) |