高校生のころから今までずっと付き合ってる藤真健司と同棲を始めて、半年近く。友人たちからは「もう結婚しろよお前ら」とまで言われるくらい仲が良いのだけれど、やっぱり相手はベビーフェイスのくせに俺様な藤真健司なわけだから、当然喧嘩だってするわけで。
 ピンポーン、とマンションの一室のインターホンを押すと、「はい」という受話器越しの声が聞こえたから、「あたし!助けて花形!」と声を上げると5秒も待たずにドアが開いた。

「今日は何が原因だ」
「健司があたしのコップ割った!」
「…はぁ」

 溜息をつきつつもあたしを迎え入れてくれる花形はすごく良い人。健司と喧嘩するたびに飛び出してきては花形の家に転がり込むのだ。
花形は慣れた手つきでココアを入れて、あたしにマグカップを渡した。ほわん、と湯気が立ち上がるマグカップからは甘いいいにおいがして、あたしの荒んだ心を少し落ちつけてくれた。ような気がする。

「で、コップがどうした」
「あのね、あたしが大事にしてたミッキーのコップ割ったの!なのに『あー悪い悪い』とか言ってちゃんと謝りもしないで!最低!」
「あー… それは藤真が悪い。しっかり謝るべきだ」
「そうでしょ!?もうさすが花形!」

 愚痴って少し気が済んだあたしはテーブルに肘をついた。

「はーあ…倦怠期なのかなあ」
「いや、お前らの辞書に倦怠期という言葉があるのか?」
「ない…と、信じたい」
「俺はない、と思ってるけどな」

そう言われてははは、と軽く笑って見せた。あたしだって、少しは落ち込んでいるのだ。付き合い始めの頃、今日みたいなことがあったら絶対ちゃんと謝ってくれたのに。親しき仲にも礼儀あり、ということわざ(?)を、健司は知らないのだろうか。いや、知らないはずないけど。頭良いし。
 しっとりした雰囲気の中で、テーブルに置きっぱなしだった花形の携帯が鳴った。花形が手早く手に取ると、あたしに液晶画面を見せて笑った。

「ほら、倦怠期だと思うか?」
「う〜…」

 ピッと通話ボタンを押した花形は耳に携帯を当てて、「なんだ、藤真」と言った。

、そっち行ってるだろ?変わってくんねえ?あいつ携帯鳴らしても出なくてさ』
「ああ」

 「変われ、だと」花形があたしに携帯を渡そうとしてくる。でもあたしはそれを受け取りたくなくて、「今いません!」と強く言ったら、花形が苦笑してもう一度携帯を自分の耳にあてた。

「聞こえたか?」
『ああ、ばっちり聞こえた』
「コップを割ったらしいな」
『わざとじゃねーんだよ!ちょっとこう、手が滑って…』
「わざとだったら大問題だ。ちゃんと謝るべきだったな」
『わかってるっつーの…』
「じゃあ、しっかりやれよ。今、家に帰すから」
「え!?ちょっ花形っ!」
『ああ、いい。迎えに行くから、どこにも行かすなよ』
「わかった」

 ピッと電話を切ると、花形は「やっぱり帰らなくていい。」と言ったのでほっと胸を一撫ですると、「今から迎えに来るそうだ」と付け足したからあたしは一目散に玄関に走った。

「こら、!大人しくここで待ってろ!俺が藤真に殺されかねない!」
「い や だ!あたしまだ怒ってるんだからね、今回だけはちょっとしたことで許したりしないんだから!」
「藤真はちゃんと反省してる様子だったからお前も少しは折れてやれ!」
「いやだーっ!」

 掴まれた腕を振りまわして花形と取っ組み合いをしていると(取っ組み合いと言うか花形にかなうわけないんだけど)、ガチャッという音がして振り向いた。ら、健司が朝の格好のままダウンジャケットを着てそこに立っていた。早すぎませんか、藤真サン。青筋立ってますけど、藤真サン。ていうか花形鍵閉めようよ。

「花形…てめぇ何してんだコラ」
「落ちつけ誤解だ藤真 俺は帰ろうとするこいつをひきとぐはっ

 花形のお腹にクリーンヒットした健司の右ストレート。これは痛い、ごめんね花形。

「お前がどこにも行かすなと言ったんだろう!(いたい!)」
「だからって誰が俺の女を襲えと言った!もう一発お見舞いしてやろうか!?」

 内容はぶっ飛ばしてやるみたいなことを言ってるのに、健司の「俺の女」発言に、ちょっと顔が熱くなってしまった。ああ、花形を助けてあげないと。

「健司」
「んだよっ!」
「花形悪くないよ、帰ろう」

 そう言って健司の手を取って花形を振り返る。「ごめんね、ありがとね」と口パクで伝えると花形は苦笑して右手を上げた。健司は何か言いたげだったけど言わせる前に部屋から出た。

、」
「何かあたしに言うことは?」

 何か言いかけた健司にピシッと言い放つと、少し気まずそうに「…ごめん」と言った。さっきの「俺の女」に加えて、しっかりと謝罪の言葉を聞けて満足したあたしは、健司の手を引いてけ階段を下り始めた。

「健司、バイクで来たの?」
「あ?ああ」
「どうりで早いと思った」
「そりゃあ、お前をいつまでも花形の家に置いとくわけにはいかねぇからな」

 ったくあいつ、次あったらもう一発決め込んでやる、とつぶやいてるのが聞こえて苦笑する。ごめんね花形。

 駐輪場に止めてある見慣れたバイクに跨った健司は、自分のとは別のヘルメットをあたしに手渡した。あたし専用の、ヘルメットだ。

「ほら、乗れよ」

ん、と返事をして、健司の後に乗って、目の前に広がるダウンジャケットをきゅっと掴んだ。すると健司の手がにゅっと伸びてきて、あたしの手を自分の腰に回させた。

「あのさ」
「うん?」
「あんま花形んとこ行くの、やめろよな」
「何、やきもち?」
「悪いかよ」

 いや全然、と言って笑うと健司も照れくさそうに笑って(メットかぶっててちょっとしか見えないけど)、大きい音をたててバイクを発進させた。




(紡がれた赤いコード)