ちょっとしたことで激しく反応して叫んで騒いで、正直、鬱陶しかった。顔にも態度にも出していてそれは一目瞭然のはずなのに其れらは気づいてないのか気付かないふりをしているのか、どちらか、定かではないが、とにかくそれを変えてくる兆しは全く持って見えず、オレでさえもがお手上げだった。そんな奴らと、こいつもどうせ同じなんだろうと思っていた。最初は。



欠伸を堪えながら、朝の小道を歩く。見慣れたはずだった景色は、一夜にして銀世界に変わった。白い息を吐きながら、マフラーに顔を埋める。そうしたところで、顔の面積に冷気が当たるのを防ぐだけで、寒さなど1センチほどしか変わらないのだけれども。また大きく欠伸をしてポケットに手を突っ込む。軽い鞄が音を鳴らした。(オレのスクバに教科書なんぞが入ってると思うか?)
段々と登校生徒が見えてきたところで、やはり今日もうるさい声が後ろから響く。多人数の女子は嫌いだ。何をしても許されると思っているあたりが気に食わねえ。一人じゃ何も出来ねえくせに、って。

「おはよう獄寺クン」
「おはよう!」
「寒いねー」

などなど声を掛けてくる女子共に完全無視を決め込み玄関のドアをくぐる。想定内だけど女子はついてきて「昨日のテレビみた?」「ていうかこないだ獄寺くん告白されてたでしょー!」「えーなにそれ」とうるっせぇ黄色い甲高い声をオレに発してきて、オレはとうとう我慢の限界が訪れ、「うるせえんだよてめぇら、失せろ」と、いつもの倍低い声で放った。一瞬静かになった場だったが、「そんなこと言わないでよ〜」と訳もなく甘ったるい声を出してまた近づいてくる。そこでそうくるか、と内心呆れていたものの、イライラはとどまることを知らずに、「うるせえっつってんだろ、次ついてきたら殺すぞ」と言い放って、教室までの道とは逆方向の階段へ足を向けた。それはそれは騒然としているであろう後ろの雰囲気を汲み取ってオレははあ、とため息をついた。



「おっはよー獄寺」
「…お前、また居たのかよ」
「そうですけど?ていうかここはもともとあたしの特等席だったんだからね!あんた新参者だから」
「うるっせーなあ、いいだろ別に」

ようやく落ち着ける、と冷たいアスファルトに腰を下ろす。幾分か灰色の寒空はオレの目に近く映り、冬を感じさせた。深く息を吸って、吐く。やっと呼吸できた気分だった。

「さっきさあ、女子に絡まれてたでしょ」
「見てたんなら助けろよ」
「屋上からどうやって助けろって?」
「叫ぶとか」
「馬鹿いうな」

無理にきまってんだろーが、と言ってカラカラと笑う。言葉づかいとか、無理に着飾っていないこいつを、オレは結構気に入っている。ピンと伸ばしている足に掛かっている毛布を見つけてそれを指さした。

「なんだよそれ」
「毛布だけど」
「お前それ毎日持ってきてんのかよ」
「ありえねー!そこの裏の倉庫を借りてんの」
「お前鍵は?」
「あるよ?」
「なんで持ってんだよ」
「企業秘密」

なーんちって、実は勝手に合鍵作っちゃったんだよね〜、と笑った。お前、それ捕まってもしらねーぞ、と言ったら、獄寺がチクらなきゃあバレない!とまたオレの心配を軽々と笑い飛ばした。

「オレが言うとでも思ってんのかよ、つーかそれ貸せ、さみぃ」
「は?ダメにきまってんでしょ!あたしんだからコレ!」
「いーだろ別に、よこせよお前十分あったまったろ」
「だーめだって!…あーじゃあこうしよう」

もぞもぞとオレのほうに近づいて来たと思ったら、半分に折っていた毛布を全開にし、オレの胡坐をかいている足に半分、伸ばし切った自分の足に半分と被せた。

「これでどっちもあったかい!一石二鳥!」

あたし天才じゃね?と言いながら笑いかけるこいつの手がふいにオレの手に触れて、予想以上の冷たさにびっくりした。お前、オレよりも手ぇ冷たくねぇか?と言うと、あーそうかも、手袋忘れたんだよね、と困ったように笑う。ぐーぱーぐーぱー、握ったり開いたりを繰り返すの手を思いっきり掴んで毛布の中に押し込めた。手は、繋いだまま。吃驚したようにオレを見て、なに?と言う。何もクソもねぇんだよ、オレだって、何で自分がこんなことしてんのか、理解不能だっつーの。

「こうしてりゃ、オレもお前もあったけーだろ。一石二鳥だ」

熱くなってきた顔をごまかすように空を仰ぐと、隣で、「あたしのマネすんなよ、」って、またこいつは笑った。


(流れる街)