「よしろー、リモコンどこ?」
「ん?多分布団の下」
「あ、あった… なんでこんなとこにあんの?」
「寝るときに持ったまんま寝ちゃうんだよな」
「あ、わかる」

くだらない会話をして1日を過ごしているあたし達。今日は久々に良郎の家でごろごろおうちデートをしようということで、あたしは良郎が朝寝たまんまの床に敷かれた布団の上に寝そべってテレビを見ようというところです。一人暮らしの良郎がベッドなんて上等なもの持ってるわけがないわけで。

「ねー、よしろー」
「ん?」
「触りすぎ」
「え、ダメ?」

良郎はあたしのすぐ真横で寝転がって肘を立てて、そのうえに自分の頭をのっけている。あたしは枕の上に頭をのっけてテレビを見上げる。でもずっとあたしの頭を触っている良郎のせいで、たぶん半分もテレビの内容を理解してないんじゃないかなあと思う。

「だってさ、お前最近ずっとバイト忙しいっていってさあ、俺ほったらかしだったじゃん」
「だってほんとに忙しかったんだもん 良郎もバイト入ってたじゃん?」
「俺なりにさびしかったんですぅ〜」
「きもっ」
「えっ」
「うっそ。ごめんね」

ごろんと良郎に背を向けて横になると、後ろで「照れてんの?」という声がしたけど無視した。だって問いに答える前に顔が熱くなってしまった。あたしだって、寂しくなかったわけじゃないし。だからメールだってちょっとずつだけど時間の合間を縫ってしてたわけだし。乱れた前髪を手櫛で梳かす。すると手がにゅっと伸びてきて、あたしの動いていた手ごと抱きかかえられてしまった。後ろから。あたしの頭のてっぺんに、良郎が顎をのっけた感覚がした。

「かわいい」

頭に良郎の唇が触れた。またあたしは顔が熱くなってしまって、やばい。こういうことを普通にするところが良郎だ。いつもはヘタレっぽいくせに。せこい。

「かわいくない」
「かわいいって、かわいすぎ」
「あーもう、うっさい!」
「そういうとこがかわいい」

食べちゃいたいくらい、と言ってもっと強くあたしを自分の方に引き寄せる良郎は、とても温かい。人間の体温って、すごい。



ハッと我に帰る。どうやらあのまま寝てしまったようだった。あたしはいつのまにか正面から良郎に抱き締められていて、視界には良郎の胸元が広がっている。背中も広いし、意外と筋肉あるんだよね、良郎って。肘が原因で野球やめちゃったって言う話を、やっと最近こいつは話してくれた。良郎の話を良郎から聞けたことがあたしは嬉しかった。絶対言わないけど。あたしの頭上から、良郎の寝息が聞こえる。

どのくらい眠っていたのかわからないけど、随分長い間こうしていたようで、喉が乾いた。そーっとそーっと、2分ぐらい時間をかけてやっと良郎から抜け出したところでキッチンに向かう。テーブルの上にあったコップを掴んで軽く水で流してから、冷蔵庫からお茶を出して飲んだ。冷たい感覚が喉を走る。ぷはあっと息を吐いて一息つくと、視界の端で黒い何かがカサッと動いた気がして目を向ける、と。

「ぎゃーーーーーっ」

思わず叫んでしまって、自分の声にびっくりしつつも足が震えて、腰が抜けそうになる。体が縮こまってしまってなかなか動けない。あたしの目線の先には本州にしか生息しない黒光りするあいつ。あ、あ、あ、と断片的に声が漏れてどうしようもなくなる。両手をぐーの形にしてよたつくのを必死にこらえる。なんてったってあたしは虫が大の苦手なのだ。害虫なんてもってのほか。

「どうした!?」

ああ良郎良郎良郎!!なんてヒーロー!?駆け寄ってきてくれた良郎にがっちりしがみついて、「出た、出た、あいつが!」と指をさす。良郎は指の先に目をやってあ、と声を漏らした。

「なんだ…ゴキブ」
「ぎゃー!名前を出すな!口にしないで名前を!!」
「おま、大丈夫かよ…とりあえず退治しないと…」

言いながら足を一歩踏み出した途端にものすごい速さで移動し始めたヤツに案の定反応するあたし。

「いやああああああきもちわるいああああああああああああやめてこっちこないでえええええええ」

良郎のTシャツをこれでもかというくらい引っ張る。良郎はうおっと言いつつもあたしの肩に手をまわして「大丈夫だから!」と肩をさすってくれた。気持ち悪くて怖くてもう何がんだか分らなくなってきたあたしの視界は滲み始めて、黒いヤツがぼやけて見える。やだっ見たくないけどちゃんと見えてないと不安でしょうがない!いつのまにか足元に…とかいう展開はほんとに失神してしまう!
良郎が、「ゴキブリジェットが確か便所の棚に…」とか言っているのを聞いて、あたしは「早く!早く消してヤツを!」と情けなく声を上げる。

「俺持ってくるから見ててくれる?ゴ…ヤツを」
「すぐ戻ってくるっ?」
「(うわっやばっかわっ)戻ってくる戻ってくる!10秒以内に戻ってくるから」

何かあったら呼べよ!まあ秒単位の間に何かがある方が珍しいけど… と言いながら良郎はすぐそばにあるトイレに駆けだした。ガチャガチャという音を耳にしながら、動かないヤツをじっと見張る。動くなよ動いたら殺す!良郎が!と思いながら必死に涙を堪える。すると本当にすぐに良郎は大き目のスプレー缶を片手に戻ってきてくれた。良郎がきてくれたことに安心して良郎に振り向くと、またカサカサカサという音が後ろから聞こえて今度こそあたしは涙が出た。良郎にがばっと抱きついてまた声を出す。良郎はあたしを抱きかかえつつあたしの後ろにいるヤツに向かってブシュウウウウウッと噴射した。

「いやあああああやめてやめてやめて!!」
!大丈夫だっ、て!もう全て終わった!ヤツは死んだ!(胸が当たってるんですけど!)」

ゆっくりと後ろを振り向くとなんとも言えない残骸が広がっていてちょっとまた泣けた。ううううと声が自然に漏れてしまって、しまいに嗚咽を垂れ流す事態になってしまった。もうなんであんなものが地球上に生息しているんだ!死んでしまえ!と思いつつ良郎に抱きつく力を更に強めた。

「あああああ気持ち悪かったああああううっぐすっ」
「大丈夫か?お前虫嫌いだもんなあ」

苦笑しながら良郎は泣くなよ、と言ってあたしを抱きあげた。すたすたとさっきあたし達が昼寝していた布団にあたしを降ろす。

「よっと」
「な、なに、」
「叫んだり泣いたり疲れたろ?ちょっとこっち休んでな。俺後片付けするから」
「またすぐ戻ってきてくれる?」

言うと良郎はうっ、という声を漏らしてから「すぐな!さっきも早かっただろ?」とあたしの頭をぽんぽんと叩いて向こうの残骸のほうに戻っていった。うって、どうした良郎。まあいいや、なんかもう、疲れた…真面目に疲れた…
















俺は新聞紙でくるんでからゴキ…じゃなくてヤツの残骸を燃えるゴミ袋に投げ捨てた。あー、俺も虫苦手ってわけじゃないけど、気持ちわりいな。でもが抱きついてきたりとかまあ、得っちゃあ得だった…な…  ニヤけそうになる口元を洗ってせっけんの匂いがする右手で覆い隠す。さっき思わずうって唸っちまったし。だってあんな泣きそうな目でっていうか実際泣いてたけどあんな目で見られたら、うってなるだろ。誰でもなるだろ。なるよな?うん。俺は変態じゃない。

全く音がしない部屋に戻ると、は布団も被らずに横になって寝ていた。近づいて顔を覗き込むと、目の端が少し赤くなっていて、かわいかった。頬に掛かる横髪をどけて、柔らかい頬にちゅ、とキスを落とした。ふっと笑みが零れる。虫は好きじゃないけど、こいつがおびえているときに助けるのはいつでも俺でありたいな、と思いながら、小さくなって寝ているを抱き締めながらゆっくり目を瞑った。


(愛力200%)