冷たい水が体に張り付く。白いワイシャツも、黒いスーツも、びしょびしょだ。なにもかも、雨に侵されている。ああ、あたしはもう、死ぬのか。
一瞬だった。一瞬の油断が命取りと言うのは、本当のことらしい。襲撃に終末を感じ、背を向けた途端に銃弾を受けた。もう、どうしようもないくらいの愚か者だ、あたしは。でも、最後の仕事が、ひばりさんから受けた仕事なのだから、それはそれで本望だ。でも、もう少しだけ、生きていたかったような気もする。もう、思考回路がうまく働いていないらしい。

 耳に響く雨音の中に、人の足音のようなものが届いた。うつぶせのあたしは、そちらを見ることもできずに、閉じている瞼の裏側で目玉を動かした。足音は確かなもので、コツ、コツ、と自分の方に向かって歩いてくるような気がする。気がするだけだ、確証はなかった。

 体温のなくなったあたしの身体に触れるものを感じた。ゆっくりと身体を起こされて、傷が痛む。小さく呻き声を上げると、足音の持主の正体がわかって、あたしを戸惑わせた。

「まだ生きてたんだ」

 雲雀さん、だ。あたしは自分で声を出すことが、出来ない。

「仕事はこなしたようだね」
「ここへ来るまでに様子を把握したけど、生存者は見当たらなかった」
「作戦は成功だ」

雲雀さんが、あたしに話しかけてくれている。なのに、あたしは微笑みかけることすらできないなんて、救いようのない話だ。あたしはもうすぐ死ぬのだろうから、最後くらいは笑って見せたかったのに。

「君は、よくやった」

ああ、雲雀さん、あなたのそんな言葉が聞けただけで、あたしは。

「だから、君は生きなきゃならない」

あたしはやっと、目を開くことができた。雨に濡れた雲雀さんの髪は、あたしに向かって穿たれていて、水滴が頬にぽたりと落ちる。雨は、不思議と気にならなかった。

「君は優秀だから、仕事をしてもらわないと、僕の仕事が増える」

麻痺した痛みが戻ってきた。あたし、生きようとしてる。



「だから、僕が君を死なせない」



(さようなら水浸しの世界)