彼女は、いつも笑っていた。テストで赤点取った時も、居眠りして先生に怒られた時も、俺が八つ当たりしたときも、飼い猫が死んだ時も、全部。俺の目の前では、いつも笑っていた。だから、俺は、彼女の泣き顔を知らない。 そんな彼女の笑顔に、俺はいつも救われていたんだろうと、今になって思う。つらいことがあった時、あいつの笑顔を見ると、いつの間にか自分も笑っているのだ。そんな経験、周りの人々は経験したことがあるだろうか。キツイ時に他人の笑い顔を見て、鬱陶しいと思うのが普通じゃないのだろうか。それなのに、あいつの、の笑顔を見てると、嗚呼、癒されてるなあ、っていう実感がわきながら自分も笑顔になっていくのだ。信じられないことに、心が芯から暖まるような、そういう感覚が、手のひらから離れない、なんて。 そんな暖かい空気の中、いつもあいつの背中を見て、切なくなる自分が居た。いつかは壊れる、という深層心理が存在していたのだ。でも気付かない振りをして、俺は彼女の小さく柔らかい身体を抱き留めて、好きだよって呟く。ただの自己満足なのに、あいつはくすぐったそうに笑って、俺の背中に手を回して、あたしもすきだよ、そう、微かに聞こえる程度に云う。それが、俺の胸の奥をぎゅっと掴んで離さない。例え、それが永遠じゃなくても良い、って綺麗事を想いながら、泣きそうになる目頭に、いつも必死に力を込めていた。 そんな想い出を俺は必死になってかき集めようとしている。何時も考えていないと消えてしまいそうで、でもずっとこの胸に閉まっていたくて、俺だけのものに、したくて。 それなのに伸ばす手をひらひらと避けていく記憶が、とてももどかしく思う。でも、たとえ避けられようとも、この手に掴めなかったとしても、決して自分から離れていかないものがある。すごく大きくて、すごくちっぽけで、すごくすごく大切な、もの。そんなものがある限り、俺は、もどかしさと流れる涙を振り払って叫ぼう。 彼女の笑顔が記憶にある限り、俺は永遠に彷徨うことなく、歩き続けていくのだ。 (蕾) |