に借りてた辞書を返しに行くと、どうやらクラスメイトらしい男と楽しそうに談義している最中だった。机に向かいあって座って笑い合って、何か、湖に霧がかかったみたいに感じる。ドアの前に突っ立っているオレを見つけたクラスの女子が話しかけてきて、「?」と言ったので頷いて、「コレ返しに来たんだけど」と用件を告げると女子は振り返って「、」と呼んだ。ありがてえ。違うクラスに彼女に会いに来て大声で名前呼ぶなんて、オレには出来ない。声に気づいて歩み寄ってくるを見た後に女子を見るとにこっと笑って「じゃー役目は終わりで」と小さく手を挙げた。ありがとな、助かった、と言うとどういたしまして!と返ってくる。その女子は外に用事があったらしくじゃあねと言ってオレの横を通り過ぎて行った。入れ違いでがオレに話しかけてくる。



「なしたの?珍しいね!来てくれるなんて」
「これ、辞書返しに来た、サンキューな」



普通にいつもどおりの会話を繋げて繕う。内心オレはかき混ぜた鍋みたいにぐつぐつぐつぐつ煮たっている。でもこんなん格好悪いし我儘で嫌な男だと思うし、だから、そのまま、煮えたままにしておくことにした。けどは何を思ったのか、「どうしたの?」の顔を覗き込んでくる。



「何が?別にどうもしねえよ」
「うそ、何か隠してるでしょ」
「してねーよ」
「してるって」
「してねーって言ってんだろ!」



自分でびっくりした。もびっくりしてる。教室に居るクラスの奴らだってみんなこっちを見てる。シーンと静まり返ったこの場の雰囲気に呑まれそうで気持ち悪くて、オレは茫然とオレを見ているの腕を掴んで駈け出した。は何も言わずにオレに手を引かれているだけだった。何か言ってくれれば、オレだって楽になれるのに、って思った直後に自分だけ楽になろうとしている事実に腹が立った。



人気がない裏庭についてようやくオレがの手を離すと、急に彼女は座り込んでしまった。オレもつられてしゃがむのだが、彼女の顔を直視できなくてずっと自分の足をみている。するとはいきなり顔を上げて、俯くオレに話しかけた。

「準太…」
「…」
「何で、そんな怒ってんの…?何かした…?」

いつもはっきりときこえてくる高過ぎない彼女の声は震えていて、少しか細い。オレは、自分が彼女をこんな顔にさせているのにすごくいたたまれなくなって、顔を上げての頭を抱き込んだ。は声を上げずに黙ってオレに抱きしめられている。泣くのを、我慢しているのだろうか。

「ごめん」
「…何で怒ってるの?」
「お前が、他の男と一緒に居るの見て勝手に嫉妬してるだけなんだよ…ごめん、

素直に謝ると、はへ?と情けない声を上げて、もぞもぞとオレの腕の中で動く。顔を上げたら、すごく驚いた顔をしていて、なんというか、こっちがびっくりした。

「それだけ?」
「は?」
「あたしが男子と喋ってただけ?」

改めて言われると、は、恥ずかしいな… とオレは顔を熱くする。それを見ては安心したような顔で、またオレの胸に顔をうずめた。

「なんだ…よかった…」
「なんだってなんだよ、オレは」
「だって、とうとうあたしのこと嫌いになったのかと思ったんだもん」

だから、良かった。そういってオレの背中に腕を回す。暖かくて、思わずオレも彼女の身体に腕を巻きつける。「このオレが、を嫌いになるわけねえだろ」すると嬉しそうな声で彼女は笑うのだ。


(理由なんていらない)