風景が流れて見える。ほぼ知らない大通りの道を、オレは全力疾走していた。心臓がうるさいのは走っているせいなのか、否か、自分でもわからなかった。



思い出したくもないあの日、は、オレにさよならと言った。そして、嫌いになってくれと言った。後姿を負うことすらできず茫然と立ちすくむオレを、慎吾さんと和さんがひきずってまで家に運んでくれたのを、オレは覚えている。その次の日からは学校に来なくなった。父親がリストラされて実家に帰ったとか他の男の子供ができたとか、休みが長引くうちにどんどん悪い噂が流れて、オレはそれを掻き分けながら、必死に生きていた。そう、途轍もなく必死に。
体重が3キロ減ったということが和さんと慎吾さんにバレて、真実がオレの目の前に叩きつけられる。慎吾さんは珍しく眉に皺をよせて、和さんはオレの顔を見れないで居た。オレはそれを信じられないまま、部室を飛び出した。

病院の名前を聞いただけで、道がどう続いているかなんてわからないけど、オレは懸命に走る走る。笑えるくらい。でも実際笑っている場合じゃなくて、その前にオレはこの1か月心から笑えたことがあっただろうか。ところどころ見たことのある道を紡いで、やっとのことで白い大きな建物が見える。人が沢山いて、走り抜けるオレを人々は奇怪なものを見るような眼でオレを追う。視線なんてもう気にならない、オレが心から思っているのは、お前だけなんだよ、

病室の扉の横についている名札には、しっかり、と書かれていた。なんと一人部屋だ。深呼吸する余裕も、ノックする余裕もなくて、オレは勢いよく扉を開けた。そこには、大きな窓を見つめているの姿があった。病室の白が、眩しい。いきなり開かれた扉に何事かと目を向けると、オレをみて、ひどく驚いた顔をした。馬鹿野郎が、びっくりしてんのは、オレだ。

「じゅ…」

暫く喋っていなかったのか声が掠れている。オレの名前もまともに呼べずに、目を見開いていた。上がる息のまま彼女に近づく。青白くなった腕にささっている点滴が、痛々しかった。ベッドの傍らに立つと、はまたかすれた声で、「じゅ…」という。オレは準太。お前は。わかんなくなっちまったわけじゃねえだろ?



名前を呼ぶと、とうとうの眼から涙が零れおちた。それを前屈みになり親指で拭ってやると、震える声で「どうして」と言った。

「嫌いになって て 言ったの に」
「ばーか、あんな言い方されて、嫌いになれるわけねえだろ」

笑えないのに、必死に笑顔を作ろうとするオレに、彼女は気づいている。でもそうしなければオレは、今なら簡単に泣けてしまうだろう。

「準太…あたし、病気なんだって…」

知っていることなのに、の口から告げられると、全然違う冷たさがオレの身体を貫く。死刑宣告されたみたいだ。死刑囚って、こんな気持ちなのかな、だとしたら、嫌だ。だって、オレが死ぬわけでもない。でも、彼女が死ぬわけでもないと、オレはそう信じているからだ。

「     死ぬかもしれないんだって    」

自分の言葉が重く感じたのか、彼女はひゃくりあげて泣き出す。オレは震える彼女を優しく抱きとめながら、滲んでくる涙を乾かそうと懸命に瞬きした。

「だからっ、 じゅ、たには 嫌いになってほしかっ…」

「…っばか、だから、オレが嫌いになるわけ、ねー…だろっ…」

無駄なあがきだったようで、涙が止まらない。ああ、彼女の病院服を濡らしてしまう。そしてオレの汗で濡れた制服も、上からの涙で加工される。信じられない。何故、が。何故こんな思いをしなきゃならないのだろう。

「オレがっ、生半可な気持ちでお前と付き合ってたとでも、思ってたのかよ… もうオレは、好きなんて感情とっくに通り越しちゃってんだよ…!」

余計に震える彼女の肩を必死に抑える。1か月前より小さく感じたのは、気の所為だと思いたかった。

「お前がいなきゃダメなんだよ… 生きてなんていけねえんだよ…なあ、…」
「う、っえ、っ」
「これからも、ずっと一緒に居たいんだよ…」



「だから、頼むから…オレがお前を治すから…隣に居てくれ…」





嗚呼神様、貴方は見ていますか?聞こえていますか?なら何故、こんな無慈悲な運命を僕達に授けたのですか。


(道)