カンカン照りの夏真っ最中のグラウンドで、桐青高校硬式野球部は走って走って走り込んでいた。去年の緒戦敗退をバネに、監督は更に気合が入って、そして部員もとんでもなく気合が入っていた。今年は必ず甲子園に行こうと。ぜえぜえ息が切れてきたところで、「よしいいぞ、10分休憩!」、と監督の声が響く。乱れた息を整えながら開いているベンチに座る。すると同じようにおれの隣にタケも座って、二人してぜーぜー言っていた。 「疲れた」 「オレも」 くだらない会話、っていうか会話になっているのかすら危ういオレとタケに、マネージャーがドリンクを渡してくる。オレはちょっとした違和感を感じながら受け取って礼を言った。…あれ。あいつ、どうしたんだろう。キョロキョロ見渡してみると向こう側の部員が溜まって休憩しているところにあいつはドリンクを配っていた。なんか、ちょっとむかつく。ムッとしてるつもりはなかったのに、「お前、むかむかすんのはいいけどとりあえず飲んどけよ」と苦笑した。 「してねーよ」 「してたって」 「うっそ まじ?」 「まじ」 「うえ 恥ずかし」 「いいんじゃね?大事にしてる証拠で微笑ましいじゃん」 横目で見るとタケが本当に微笑んでるのが見えて、ああこいつすきだなあって思った。いや、そういう意味じゃなくて友達としてって意味だけど。そんなのんびりほんわかな雰囲気を醸し出していると、向こう側でマネージャーの、叫び声、というか悲鳴が聞こえて反射的に振り向いた。そしたら驚くことにが倒れてて、周りには濡れタオルが散らばってる。タケが何か言おうとしたところでもう聞いていなくて俺はダッシュでに駆け寄る。周りの部員を、少し強引に押し退けてしまったけど、別にそんなの気にしない。数人のマネジが、「!大丈夫!?」とか肩を小さく揺らしながら声を掛けているところに近寄ってを抱き起こす。なんか、ドラマみたいだ。笑えない冗談はやめてほしい。 「おい、、?」 何度問いかけても返事がない。邪魔な前髪を掻き分けて顔を覗くと汗がすごくて、寒気が走った。本当に笑えないんだけど。マネジに引っ張られてきた監督は俺の腕に支えられているを見て顔色を変えて、駆け足で近寄って来た。ぺちぺちとの頬を叩いて問いかけるけど、さっきの俺の時と同じように返事がなくて監督が唸り声を上げる。ちょっといいか、といっての額やら首やらに手を当てて、ふむ、と考え込むようにして言った。 「体温は正常…っつーことは多分熱失神だ。」 「熱中症スか?」 「まあ同じようなもんだ。保健室はクーラー聞いてるだろうからとりあえず連れてけ。あーでも今保険医居ないだろうから、とりあえず服緩めて少しずつ水飲ましてやれ」 「はい!…と、俺が連れてっていいんスか」 練習出れなくなるのに、と思って問いかけてみると、ニヤっとしながら「どっちにしろ集中切れンだろ?」って言われた。少し恥ずかしかったけどすぐに忘れて、「じゃあ行きます」とを俗に云うお姫様だっこして、揺らさないように保健室へと急いだ。周りの視線が絡んでいるのがわかったけど、が優先だった。 ベッドに寝かせて、監督に言われたようにジャージのチャックを全開にさせてやる。Tシャツが汗でびしょびしょで、辛そうで、眉に皺が寄ったのがわかった。コップに水を注いできたのはいいけど、寝ている奴にどう飲ませればいいというのだ。絶対飲み込めねえしもし飲み込めたとしてもぜってー咽るだろ。しばらく考えたところで、ピコッと豆電球が頭の上に光ったように閃いた。自分の口にコップの水を少し含んで、寝顔に顔を近づける。うわあ、なんか、ほんとにドラマみたいなんだけど。何ドラマだよ、恋愛ドラマ?青春ドラマ?知るかっつーんだよ俺のアホ。 の顎をくいっと掴んで唇を重ねる。舌で少しの口に隙間を作ってから、ゆっくり流し込む。1度目は反応がなくて何度も繰り返して、4度目になってやっと喉が動いた。 「う…」 「?」 「…」 暫くぼーっと俺の顔を見つめていたけど、漸く意識がはっきりしてきたのか、「準太?」と言った。 「焦った、後遺症とか残ったかと思った」 「え、なんで保健室…?」 「ばっか、お前倒れたんですけど」 「ええ?あたしドリンクとタオル配ってて…山の井先輩に渡してから…ありゃ、記憶がない」 「ほんと、心配させんなよ…」 よかったー、とずっとたまってた息を吐きだすと、は「ごめんね」と苦笑した。上半身を起こしたら思いのほかぐらついたらしくて布団をぎゅっと掴んだのが見えた。 「大丈夫かよ」 「んーなんとか。っていうか初めてなんだけどこういうの」 「俺だってこんなん看病したの初めてだっつの」 「え、準太がしてくれたの」 「何の為に俺が居るんだっつーんだよ」 「あはは ありがとね」 といってから開いている全開のチャックをみて、これ、準太?と問われた。悪いことはしてないのにちょっと後ろめたい気分になりながら頷く。もっと追及されるかと思ったけど「そっか」で済まされて、ちょっと微妙な気分になった。ふとの口端についている水滴が見えて、親指で拭ってやる。 「なに?」 「水ついてる、さっき飲ませたときの」 「飲ませたって?」 「だから、さっき俺が口移しで…」 途中まで言うと、は顔を真っ赤にして、「口移し…?!」と目を見開いた。反応が面白くて笑いそうになるのを堪えながら、「そう、寝てるお姫様に口移し」って言うと、お湯がわきそうなぐらい顔を赤くして布団に潜り込んでしまった。 「ー」 「ちょっやめて!今顔みないで!やだああすっげはずいいいいい」 ひいひい言いながら布団の中でもぞもぞと動くのが可愛くて、上から布団ごと抱きしめたら、「準太?」とこもった声がする。 「今10秒以内に顔出してくれたら、もっかいしてやんよ」 「ええ?」 「次は、元気に起きてるに安心してキスしたい」 実は俺手ぇ震えてた、て正直なことを言うと、ゆっくりと顔を出すが、とてもとても愛しい。ちゅっと軽いキスを落とすと、まだ赤い顔で俺に抱きついてくる彼女を、ずっとずっと守ってやりたいって思った。 (弱酸性) |