朝起きてカレンダーを見ると、今日は見覚えのある日付だった。 ああ、とひとりでに出る声に自制もかけず、俺は口端が上がるのがわかった。そうか、今日は、バレンタインデーだ。諸国では、男から女にプレゼントをするのが多いのだが、の国では確か、女が男にチョコレートを贈る習慣があると聞いたような気がする。なんて良い国だろう。別にチョコでなくてもいいのだが、とりあえず女の子からプレゼントをもらえるなんてラッキーな日は今日くらいだろう。好きな女の子なら、なおさらのことだ。寝巻きから着替えて、手袋をはめてから傍らに置いてあったハロを片手で抱えて部屋を出た。トレミーの外はいつでも暗い。標準時間が朝だと告げていても、そううまく切り替えは出来ない。俺はもう慣れたが、刹那はたまに寝坊することがある。俺がこの間起こしに行った時なんて、寝ぼけていたせいか「夜中に起こすな」とボコボコにされそうになった。…正直あの時のことは思い出したくない。 たまたまミス・スメラギの部屋の前を通った時にやけに甘い匂いがしたから、一声かけてみると、はいはいはーい、と元気な声がした。シュン、とドアが開くとミス・スメラギがエプロン姿で俺を出迎えてくれた。…もうちょっと、服を着たほうがいいと俺は思う。 「おはようロックオン、どうしたの?」 「おはようございます、 いや、やけに甘い匂いがしたもんだから」 「目敏いわねえ?今日が何の日か知らないで聞いてるわけじゃないわね」 「まあ」 そう言うとミス・スメラギは「ま、素直ね」と言って肩を竦めた。すると奥のほうから「スメラギさーん!全部溶けましたー!」と、声がした。…の。 「あれ、いるんですか?それならそうと…」 少し中を除いて彼女を確認しようと思ったら「だめよ」と制御の声がかかって、身体の動きが止まった。 「なんでですか?」 「なんでも よ!今はには会わせません」 「はあ?!」 「今日はプランの実行予定もないし、完全オフ!だから部屋で大人しくしてて頂戴」 「あの・・・今日って、バレンタインですよね?少しぐらい彼女の顔を見ても…」 「だめ!さあ、戻った戻った!朝ごはんまだでしょう?食べてきなさい、ほら!」 と言って締め出された俺は、ハロを持ったままドアの前で固まっている。 「バレンタインって、そこまでする必要があるのか…?」 そんな感じでもう午後10時を過ぎようとしているのだけど。そろそろうずうずしてたまらなくなってくる。何故休みの日に、しかもバレンタインデーに彼女に会えないで1日を過ごせというのだ。正直ここまで静かに待っている自分に拍手を送りたい。「っあー!」と頭をがしがしと掻いて気を紛らわそうと何度したことか。ハロが、「アワレ!アワレ!」ってぴょんぴょん飛び跳ねるのにはさすがに腹が立った。ティエリアみたいに投げつけたりは決してしない。 「それにしても…いつまでやってんだあ?」 ちらちらと時計を見ても少しずつしか進んでいかないもどかしさを、久々に味わった。はああ、と長い溜息をついてベッドに倒れこんだ。倒れこむ、と言っても重力はあまりないから極力ゆっくりだ。また、もどかしい。せめてこれがばふんと勢いよく跳ねてくれれば。 部屋のコールが鳴った。いきなりのことでびっくりした俺は急いで確認すると、ミス・スメラギだった。…ああ。少し、期待したのに。決してミス・スメラギが嫌だというわけではないことをここに主張しておく。「ロックオン?あたしよ、開けてくれる?」と言われたのでドアを開ける。すると瞬間に、「さあ、行きなさい!」というミス・スメラギの声がしたと思ったら、俺の身体に突進してくるものがあった。咄嗟に腕の中に捕まえると、温かい。 「おっ!?」 「ス、スメラギさん!押さないでください!!」 俺の胸に手をついてミス・スメラギを振り返るのはだ。あまりにもいきなりすぎて、心臓が止まるかと思った。と思ったらいきなりミス・スメラギに目隠しをされてもっとびっくりする羽目になった。目の前が真っ暗で、何も見えない。感じるのは腕の中の感触と、2人の女性の声だけだ。 「ロックオン、あなたイライラしてたでしょう?でもすぐにあたしに感謝する時が来るわ」 「スメラギさん、目隠しなんていつのまに…!ロックオン、」 「こーら!観念しなさいよ!ロックオンはきっと喜ぶわよ!」 「あの、お二人さん?何を…」 そう言うとミス・スメラギが、「いいから、そのまま部屋に戻って!あ、ちなみに明日はアレルヤに買い出し行ってもらうことにしたからロックオンは休みよ」と楽しそうな声で言った。「はあ?」と間抜けな声が出すと、ぐっと押されて部屋に戻された、ような気がする。「スメラギさん!?」というの悲鳴が聞こえた後、「じゃあね〜」と能天気なミス・スメラギの声がしてから静かになった。ドアが閉まったのだろう。 「、とりあえず、これ、取ってくれるか?見えねえんだ」 「あ、あの、その…」 「どうした?」 「あ、あたしは普通に渡そうとしたんだよ!スメラギさんが無理やり…!」 「おいおい、何の話だ?」 「う、あ、あの… きっと目隠し取ったら笑うよ?」 「何故?」 「いや、なんていうか…」 「わかった。笑わないって誓うから取ってくれ。目が痛い」 そう言うと、「…わかった…」と観念したような声を出して、俺の視界が開ける。少々ぼやける目をこすった。の頭が見えて、ああ、やっと今日初めて顔を見れる、と思った時、俺は次こそ本当に心臓が止まるかと思った。 「……おま、…!?」 は顔を赤くして下を向いた。「だから、笑うって言ったのに」って。笑うなんて、とんでもない。 は、俗に言う、メイド服…に近いものを着ていて、ふとももが少し見えるぐらいの長い靴下を履いて(ニーハイ、といったか?もうなにがなんだかよくわからない)、スカートを少しでも長く見せようと裾を必死に掴んでいた。…うわ。 「ス、スメラギさんが、 これに着替えていけ って、無理やり着せられて… あの…」 本題は、こっちなんだけど。と言って小さく包装された包みを俺の前に突き出した。いや、なんていうか、それどころじゃないんだけど。理性を保とうとすると余計に頭がぐるぐるになる。いい大人が、なんという始末だ。 からのプレゼントを受けとって、「サンキューな」というと、ほっとしたような、嬉しそうな顔では俺を見上げた。…いやだからやべーって。そう思うのと同時に手が出ていたのはもうどうしようもない。思いっきりぎゅうっと抱きしめると、「ロックオン、いたいっ」と苦しそうに言う声がした。 「ミス・スメラギの言ってたのは、一晩お前と一緒にいていい、ってことだよな?」 「う、え?!」 「明日は俺休みになったらしいし、今晩はゆっくりと付き合ってもらうぜ」 「えっ、ちょ、落ち着いてロックオン」 「そんな恰好で、落ち着けって言うのか?そりゃあ随分と難しい要求だ」 を抱えたままベッドへと進むと、腕の中で彼女は案の定暴れる。でも力の強さでは俺に勝てるはずもない。ベッドにゆっくりと彼女を降ろすと、捲れそうなスカートを一生懸命押さえて俺を見上げていた。額に軽くキスをするとは驚いたように目を瞑る。 「いいだろ、今日は。長い時間我慢したんだ」 「ロックオン」 「はいはい、もうお喋りは終わりだ」 開いた口を塞ぐと、甘い味がした。チョコレートだろうか。 ミス・スメラギの言葉を思い出した。確かにこれはありがたい。キスをしながら笑いそうになる。 今年のバレンタインは、いい思い出ができそうだ。 (りんごのき) |