きらきら、きらきら、周りが輝いて見える。そしてどうしようもなく恥ずかしく思ってしまうのは、自分がそれに追いついていないからだ、なんて、お得意の自虐をここで披露して見せたりするのだけど。 俺は、もともとは結構性格の悪い奴だったのかもしれない。今がいい、ってわけでもないんだけど。昔は失敗してる人を見て、「大丈夫だよ」って笑いながら返しても心の中では「こんなこともできないの?」と、一番ひねくれていた小学生の頃は、そう思っていたような気がする。 そんな俺が心を改めたのは、母親が死んだときだった。 我が家の母さんはとても優しく穏やかな人だった。めったに怒る人じゃなかったけど、俺が弟を馬鹿にしたりしたときは静かな青鬼の如く雷を降らせたものだ。「自分の大事な弟になんてこというの?あやまりなさい、勇人」、って。そのとき俺はいつも、ごめんなさいとあやまりつつ、やっぱりどこかで「別にこれぐらい」って思っていた節がどこかであった。 そして日に日に身長が伸びて姉と頭が並んだ頃、母親は倒れた。そしてあっけなく死んでしまった。とてもとても悲しくて寂しくて悔しくて、怖くて。俺は今まで流したことのない量の涙を、大量に流した。姉と弟も、たくさん流した。でも、父親だけは違った。 母親が死んだときも、泣き崩れる俺達兄弟を震える腕で強く抱き締めて、黙っていた。その時俺は母親のことしか頭になくて、父親に力いっぱいすがって泣いてばかりだったのだけれど。 葬式には、たくさんの人が来た。小学校、中学校、高校、大学の友人だった人たちがたくさん来て、俺は、あぁ、と思った。うちの母さんは恥じるとこなんて何一つない、誇れる人だったのだと。そう思うとまた涙が出た。 そして、とうとう火葬のときがやってきて、母さんの旧友、栄口家の親戚など、たくさんの人たちが泣いた。鼻をすする音があちこちで聞こえていた時、俺達兄弟はひと塊りになって、父親の背中にくっついてまた泣いた。火葬場の社員の人が、母さんの棺を、鉄の扉を開けて中に進みいれる。中では轟々と炎が燃え盛っていて、叫びたい気分だった。あんな熱い中に、僕の大事な母さんを入れないで、燃やさないで。弟はもうわんわん鳴いて、父親は母さんがいる棺を見つめながら、右手で弟の頭をゆっくりと撫でていた。その手が小刻みに震えているのを、俺は見た。そして全てが母さんを包み、火葬場の人が、「それでは、最期のお別れを」と言ってお辞儀をした。《最期》と言うのに俺達はひどく動揺して、最終的に俺も声を出して泣くこととなった。父親の黒い喪服の裾を千切れんばかりに掴んで、ふと父さんを見上げる。驚いた。葬式でも告別式でも泣かなかった父さんは、終わりがないような、川のような涙をたくさん零していた。これが『男泣き』というものなのだと、数年後、俺は知ることになる。 そして、鉄の小さな扉が閉められる直前、父さんが、本当に、本当に小さく、「愛してる」とつぶやいたのを聞いた。母親にこの言葉を言うのを俺が聞いたのは、これが最初で、最期だった。でも、それでいいと思った。面と向かって言えないものほど、大切なものが多いのを知った。 父親に手をひかれて外へ出ると、空にそびえたっている高い煙突から、ゆっくりと、細い煙が立ち上って消えていくのを見た。父親は、「母さんだよ、手を振ってあげて」と俺に言った。一瞬、藤さんが何を言っているのかわからなくて戸惑ったけれど、すぐにわかった。そこまでばかな子供でもなかったらしい。父さんは、目も鼻の頭も赤くして俺にほほ笑んだ。俺はまた浮かんでくる涙を抑えながら空を仰ぎ、空高く手を伸ばした。 「母さん!またね!」 そういって手を振る。「さよなら」は、子供心でどうしても言いたくなかった。もう生きて会えないことはわかっていたけれど、まだ。まだ、忘れていたくない。そう思って必死に、またねを繰り返す。泣きながらまたねと叫んで手を振る俺を見て、父さんはもう一度、静かに泣いた。俺は、気付かないふりをしていた。 それから数年後、高校生になった俺は家族の面倒を見るようになる。炊事洗濯掃除に食事、まあ弟はそこまで子供でもないので手伝ってくれて、姉は忙しくないときは夕飯を作ってくれる。父はいつも仕事が忙しく、出張で1週間いないこともしばしばだったが、愛を感じないとか、寂しいと思わせることがないくらい良くしてくれたので楽だった。部活だってできたし。そしていろいろ考えた結果俺は家を出て、美大に入ることにした。父親は俺の背中をめいっぱい叩いて、「頑張れよ」って笑った。金の事なら心配すんな、伊達に20年間サラリーマンやってねえ、って。最高に頼もしい父親だ。 そして話の流れで何故か水谷と同居することになる。簡単に流れを説明するなら、「俺一人暮らしすることにしたんだ」「まじで!俺もだよ!」「部屋代とか大変だけどね」「じゃあ2人で半分こする?」みたいなノリだ。こいつの脳みそは何で出来てるんだろうと本気で疑った。でも、水谷の明るさや、にぎやかさに救われた日は、何度もあった。俺が水谷を救えたのかと問われれば、全然そんなことはないような気もするけど。とにかく俺は、水谷が大事になった。変な意味じゃなく、本当に、本当の友達として。 だから、俺は、精いっぱい応援しようと思う。俺が彼女を好きなことなんて、誰も知らなくていい。俺だけがわかっていればそれでいいのだ。水谷と彼女、どっちをとると聞かれたら、きっと俺はどっちもと答えてしまうだろう。そんな俺だから、誰も、知らなくていい。知ってほしくない。窓際から夜の空を眺めながら、ため息をついた。 だとして、俺はこれから何の不安もなく、彼女のそばに、水谷のそばにいられるのだろうか。まるで寄り添う花のように、綺麗に咲き続けていられるだろうか。寂しさも、悲しさも空しさも全部抱えて。そこまで考えてやめた。ただ、君を見ていられればいい。何度も何度も瞬きを繰り返しながら思った。 何度も、そう思った。 |