「よ」
「おー」
「隣いい?」
「どーぞ?」

俺は少し椅子を引いて隣に阿部を迎え入れた。カレーが乗ったトレーを持った阿部はさんきゅ、と言って椅子に腰かけた。

「お前…またカレーかよ」
「これしか食うもんねんだよ」

阿部はそう言ってスプーンを手に持ちカレーを口に運ぶ。確か、こいつ2日前もカレーだったような気がする。他にもそばとかうどんとかラーメンとかあるだろうに。それを伝えると、「全部麺類だろ」と言われて、そこで初めて自分は最近麺類しか食べてないことに気がついた。なんだよ俺、人のこと言えねーじゃん。

「お前、柏原教授の課題終わった?」
「終わった終わった」
「げ、まじでえ?俺ぜんっぜん手えつけてないんだけど」

阿部はもぐもぐと口を動かしながら「早めに終わらせろよ、ぜってえラクだから」と言った。おじいさんみたいだ。

「じいさんみたいだよお前」
「ああ?」
「俺のとこのじーちゃん、小さい時夏休みに遊びに行くといっつも言ってた」
「宿題終わらせろって?」
「そー。白髪頭でさ、ちょっと厳しめのじいちゃん」
「あー、なんかそんなイメージあるわ、泉のじいちゃん」
「なんでだよ」
「別に、なんとなく。そんで、今そのじいちゃんは?」
「あー?もう死んじまったよ、3年ぐらい前?」
「そっか」
「てか、何でおれたちじいちゃんの話してんの?」
「お前が話振ったんだろ」
「ああ、阿部がじいちゃんみたいって言ったんだっけ」
「忘れてんのかよ」

相変わらずくだんねー話したな、俺ら。そう思ってちょっと笑った。阿部をちらっとみると阿部もちょっと笑ってた。笑うっていうか、意地の悪いにやりとした顔にしか見えないけど、俺はわかる。随分と一緒に行動してたから、かな。ずずずっと熱いそばをすすると、テーブルに飛沫が飛んだ。やべ、あとで拭かないと。
しばらくもくもくと食事を取って、数分で俺達は昼飯を平らげてしまった。午後に入っている講義には余裕でまだ時間があったから、そこでしばらく阿部と話をして時間をつぶすことにした。別に、急ぎの用があるわけでもないし、阿部も暇なようだった。煙草吸いてぇ、と一言漏らしたから、たまたまポケットに入っていたガムを阿部に渡してやった。

「ほどほどにしとけよスモーカー」
「わーってるよ」

本当にわかっているのかは定かではないが、まあよしとしよう。

「お前、水谷見たかよ?」

白いテーブルに肘をつきながら阿部は言った。いや、と返して足を組んだ。他から見れば俺たちはどれくらい気だるそうに見えているのか。

「あいつ、うっぜーんだよ」
「それはいつもだろ?」
「そういうんじゃなくて、すっげ落ち込んでんだよ」
「何かあったのか?」
「あったことにはあったらしいけど、言わねえ」
「へえ?」

少し驚いた。いつものあいつなら、聞きたくないことでもすぐに俺達に散らすはずなのに。

「気になんの?」
「別に」

あいつのことなんか興味ねえよ、と言ってポケットをまさぐる阿部を見て、「ガムもいっこやるから煙草はよせよ」と言うと不機嫌そうな顔をしながら俺からキシリトールガムを受け取った。

「やっぱ気にしてんじゃん」
「…思い当たる節は2つある」
「それは俺にもわかる」
「課題かか」
「まず課題の線は外して考えるのが妥当だよな」

まあな、と言って阿部は首を鳴らした。ボキッという音がこっちまで聞こえてきて気持ち悪い。俺は鳴らせないから、余計にそう思う。

「気づいたのかもな」
「…水谷が?何に?」
「花井のことだよ」

花井、という名前を聞いて俺は少し固まった。そんな俺を見て阿部は「どうした?」と声をかけたが、俺は「何でもない」と答えた。俺が知っていることは、簡単に他人に話していいことじゃないと思ったからだ。阿部は何かを察したのか、何も云わなかった。…鋭い奴。

「だとしたら、どーすんだろうな、水谷」
「どーもしねえだろ。ってか、できねーだろ」
「いや…そうとも限んねーよ?或いは、ってこともあるかもしんねーし」
「何、好きだって言うってこと?」
「そういうこと」

俺がそう言うと、阿部は少し黙ってから、「それじゃ、が困るだろ」と小さい声で言った。俺は苦笑する。阿部は溜息をつきながら俺に言った。

「お前は?」
「ん?」
「お前は、それでいいわけ?」
「…は…?」
は花井のことが好きで、水谷はのことが好き。お前はほんとにそれだけで満足してんの?」

阿部の言いたいことがわかってしまった。まさかそう話を振られると思わなくて俺は少し戸惑う。誤魔化すように笑って見せても、阿部には通用しなかった。全く、こういう時に限って栄口がいないんだもんなあ。困ってしまう。

「別に俺は…」
「お前はほんとに友達って思ってんの?」

核心をつかれた。いってえ。

「お前は、ほんとに直球だな」
「割とこれでなんなく生活してるんだけどな」

ははっ、と笑ってみる。

「…ほんとのこと言うとさぁ」
「うん」
「わかんねんだよ。好きとか友達とか、なさけねーけど」

俺の中でという女の子は確実に存在している。だけど、それが、水谷が思うような彼女なのか、阿部が思うような彼女なのか。俺はまた困って、笑ってしまう。そういえば彼女も困った時は笑っていた。

「そういうの無しで考えてみてもさ、やっぱ大事なんだよ、っていうか、大事としか考えらんねえんだよ」

阿部は黙って俺の話を聞いている。煙草のことは忘れてしまったらしい。

「お前もあいつが大事だろ?俺も大事なんだよ。でも、お前の思う《大事》ってことと、俺の思う《大事》ってのが、一致するかと言ったら、そうとも答えられない、でも、違うとも答えられない。中途半端なんだよ、お前らみたいにまっすぐじゃないんだ」

だから、できるだけこの話題避けてたのにさ、まんまとひっかかっちまったよ。そう言うと阿部は「残念だったな」と言ってにやりと笑った。ほんと、いやな奴だよお前。

突然俺のポケットから青山テルマが流れたことにびっくりした。携帯を開くとからメールが来ている。

「 田島があたしのお菓子を持って逃走中。ただちに確保せよ。賞品はビール3缶でどうだ 」
「ばかかよあいつら… 4缶になんねーかな」
「言っとく」

「じゃ、いくか」
「今日は阿部んちでビール祭りだな」
「俺んちかよ!ま、いいけど」

酒のつまみは、お前のおごりな。と言って、阿部は立ち上がった。俺も席を立って、コップに残っていた水を飲み干した。
この後にするだろう運動のために。