暗い部屋に電気もつけずに、俺は腰を下ろす。栄口は今日バイトで遅くなるらしい。飯を食べる気にも慣れなくて、はあ、と冷たい息を吐く。心臓が掴まれてるみたいだった。苦しい。でもどうすることもできない。この痛みを俺はずっと引きずらなければならないのかと思うと目頭が熱くなった。



「ありがとね水谷っ、すごい助かった!」

にこにこと俺の隣で歩くを横目で見ながら頬を緩める俺はそれを気付かれないように、いたって普通に「こんなんどーってことないよー」と言った。何がどーってことないだ。かっこつけてんなよ俺。

「や、一人だったら絶対持ち切れなかったよこんな量」

と言っては買い物袋を掲げてみせる。確かに、少し予想外の荷物の多さに俺も少し驚いた。こんなに画材いるの?ってくらい買うから聞いてみると、「なんかすぐなくなっちゃうんだよね」と言って笑った彼女を思い出す。才能の違いが出る瞬間かもしれない。でも俺はそんなの全然気にしないことにするって決めた。だって好きだから。好きな気持は、才能とか技術とか全然関係なくなると思うから。俺は両手にかかる負荷に耐えながら、「こんなんだったらいつでも手伝うよ」と言った。それもこれも全部彼女の隣にいたいからだ。は少し驚いた顔をしてから、「ありがとー」と言ってへにゃりと表情を崩した。俺もつられて笑った。

アトリエまでの長い廊下を、たくさんの人とすれ違いながらと並んで歩く。その時間がすごく温かく感じて俺は目を細める。俺の横で鼻歌を歌いながら楽しそうにアトリエを目指す彼女を見て、頬があったかくなった。すると後から「あれっ、水谷?」という声がして振り返ると、ポケットに手を突っ込んでこっちに向かってくる花井だった。

「おー花井ー!」
「よお。何してんの?」
の買出しのお付き合い!」

といってへらっと笑ってみせると花井はお疲れ、と言ってに目線をずらすと、「重そうだな、」と言って彼女が持っていた荷物を持った。

「い、いいって!持てるから!」
「や、これ十分重いし。よく持ってたなーお前」

これ、アトリエまで?と俺に聞いてくる花井にあっけにとられながら慌てて返事をする。持ってってやるよ、と言って歩き出す花井に俺達もついていく。少し高い位置にある花井の後頭部をぼーっと見ながら、いーやつだなーと思っていると、ふと彼女のことを思い出して横に目を向ける。彼女は、顔をこれでもかってくらい赤くしていて、ああ、と思った。目を瞑っていればよかった。宙に浮いていた熱を持った心が、音をたてて崩れ落ちていく感覚を、俺は初めて感じた。砂みたいに零れていく欠片を掴めることは、もう、きっとない。



時間がなくて朝押入れにしまい損ねた布団に寝転がる。暗闇にも目が慣れてきて、天井にぶらさがる電気の紐が、俺をあざ笑うかのように垂れ下っている。前に住んでいた住民がそのままにしていったのか、長さを足して手を伸ばせば届くような距離まで伸びた紐を千切りたい衝動に駆られた。そんなこと、する勇気もないくせに。
だるいのに眠れない。時計は10時を過ぎていたような気がする。握っている携帯を開くのも億劫で、何をする気も起きなかった。栄口が帰ってきたら、どうしよう。飯も作らないで寝てる俺を見て不快に思うだろうか。心の中でごめんと謝る。でも、でも、今日は、もう何もしたくない。あの子のことさえ。

なんだかばからしくなって、笑えてしまう。ははっと乾いた笑い声が部屋に広がってすぐに消えた。腕を目の上に持ってきて、何も見えないようにした。

「言う前に失恋してんの…」

目を瞑っているから何も見えないはずなのに、目の奥では彼女の赤い横顔がちらついている。前を歩く花井を、まっすぐ見つめる瞳。俺がこの子を見るときにも、こんな瞳をしているのだろうか。どうしようもない。目の端を通って行く涙はなかったことにしよう。

「 ばっかみてぇ… 」

この声みたいに消えてしまいたかった。