部活が終わって自主練をする。いつものように。今日は赤木(妹のほう)とどこかへ寄るといってあの赤頭のどあほうはいなくなり、俺がいつも望む状況というわけだ。マジでいつもいなけりゃいいのに。と、仮想ディフェンスを超えてジャンプシュートを繰り返しながら考えた。が、すぐにどこかへ消えてしまった。バスケをすると俺の頭の中からは余計なものは無くなってしまうようだ。

「るーかーわーくーん」
「…なんだ」

 聞きあきた声(本人に言ったらたぶんキレる)がして浮かんだ汗を腕で拭いながら振り向くと、そこにはやっぱり想像通りの女が立っていた。

「なんだじゃねーよばかやろー部活終わるまで待ってろって楓が言ったんだよ」
「…そうだったか」
「死ね」
「っせーどあほう」
「せめて謝れよ!」

 そうやっていつものように言い合いをしながらはゴール下に佇む俺に近づいてきた。外は少し寒くなってきたころで、いつもは腕まくりしているカーディガンを、珍しく手がちろりと見えるところまで下げている。

「で、まだやんの?」
「おー。」
「じゃああたし見てるから!」
「…だけ?」

問いかけてみるとは、は?と言って俺を見た。

「ボール出ししろって?いやだよ寒いのに」
「うるせー。やれ。」

言いながら脇に抱えていたボールをぽいと投げると、は「ちょっと!」と非難の声をあげつつも難なく受け取った。

「少しは動け、デブになる」
「よけーなお世話!」
「なまってるわけじゃねーんだろ、じゃあやれ」

 レイアップやるからそこから球出し。とフリースローラインのあたりを指差してからセンターラインより手前のあたりまで下がった。後ろで「話聞け!」と怒る声がしたが無視を決め込むと、観念したように「しょうがないなあ」と言っておとなしくフリースローラインまで寄った。「いいよー」と言う合図で俺は走り出し、途中でパスをもらい、レイアップを決める。スパッという何度となく聞いたボールがネットを通過する音を感じた。

「どうよ、あたしのパスは」
「フツー」
「あーそー」

 そう言うと思った、とは少しふくれっ面をしながら落ちたボールを拾った。フツーといいつつも、こいつのパスは受けやすい。女にしては強く早いのだ。それは小さい頃から俺がこいつにバスケを教えていたためだろう。
 おい、とパスを受ける形に手を上げるとはすぐにパスをよこした。それをゴールへ放つ。音が響く。ボールを拾ってまたゴール下でシュート。それを繰り返していると、がよいしょ、とその場に座りながら言った。

「なんかさあ、こうやって一緒にバスケすんのも、久々じゃない?」
「…」
「なつかしーね」

 はそう言いながらゴールを見上げて、少し寂しそうな顔をした。それがどういう意味を含んでいるのか俺にはわからなかったが、俺はシュートをやめてこいつに歩み寄った。

「んな顔すんじゃねー」
「…どんな顔?」
「そういう顔だ」
「こそあど言葉をうまく使う方法を知らないのかね君は」
「…んな顔する前に、俺にパス出してればいい」
「なに、」
「懐かしがる暇もねー。」

 俺は知っていた。いつもいつも一緒にいた幼馴染という存在のこいつに、部活を始めてからすっかり構えなくなったこと。それで、こいつが寂しがっていたこと。俺自身、恋人なんて大それたモンでもねーこいが、俺に気を使ってひっついてこなくなっただけで、何となくつまらなさを感じていたこと。
 こいつはいつのまにか俺の部屋に遊びに来ることもしなくなっていた。いつもはうるせえし鬱陶しいと思っていた奴だったが、それなりに長い時間を共に過ごしてきたわけで、それは、いつの間にか俺にとって結構大きいものだったらしく。
 そして、気づいたのがいつのまにか俺がこいつを好きだったという事実。

「でも、楓忙しいじゃん」
「忙しくねー」
「部活で疲れてんじゃん」
「疲れてねー」
「あたしに構ってる時間ないじゃん」
「ないわけねー」

だんだん涙声になってきているこいつの言い分にいちいち答えたら、ふっと俺の顔を見上げた。いつもは笑っている目が潤んでいる。

「時間ないなら俺が作る。」
「…」
「だから、お前はいつもどーりしてりゃいい。」

 正直なところ、俺が限界だった。だから違うクラスまでわざわざ出向いて、「部活終わるまで待ってろ」と告げたのだ。なさけねーと思う反面、待ってろという俺の言葉を聞いた瞬間のこいつの顔を見たら、そんなことどうでもいい、とかなんとか思ってしまったり。らしくねーなんて自分でもわかっている。

「あたし、楓ともっといっぱい喋りたかった」
「ん。」
「楓とバスケしたかった」
「あぁ」
「さびしかった」

 そう言ってとうとうこいつは「うぅ、」という小さな声をあげて泣いた。カーディガンで隠れた手で顔を覆って、俺に見えないようにした。それを見た俺は何故だか仕方のない衝動に駆られてしまい、俺より小さくて細いこいつの身体を引き寄せた。俺が持っていたボールはどん、どん、と床にバウンドして泣き声とともに体育館に響いた。

「…な、にっ」
「おめーだけだと思ってんなよ」
「…?」
「おめーがいねえとつまんねー。」

 ただそれだけ言うと、またこいつは泣いて、泣いたと思ったら少し笑って、俺の背中に腕をまわした。





(まだ陽は落ちない)