「俺、行くから」

流川はアメリカに旅立つらしい。今日。もう少しで3年生になるというのに、流川は成らずに行くらしい。

「そっか。頑張ってきてね」
「おー。」

旅立つ前日、流川は初めてあたしにそのことを告げた。少しびっくりしたけど、学校から置き勉していた教科書を持って帰っていたり、身の回りの片付けをしていたから、何となく気づいてはいた。だから、そこまで深く考えずに「頑張って」と言った。
 でも気づいた。頑張らなきゃいけないのは、あたしの方だ。

「いつ帰るの?」
「わかんねえ。とりあえず正月とかには帰ってくると、思う」
「ふーん、そこはしっかり親孝行するんだ」
「るせー」

 あはは、と笑う。顔は決して笑えてないのは知ってる。仕方がない。流川の部屋はもう大分片付いていて、ベッドの横には大きい荷物がひとつ。本当に行ってしまうんだと思うと、初めて心が痛くなった。


「ん?」

「待ってろ、って、言ってほしいか」

 そう言って流川はあたしの眼をじっと見つめた。見あきるほど見上げたあの細長くて強い瞳で。あたしは流川の目を見たまま、「わかんない」と正直に答えた。だって、流川は行ってしまうのだ。

「流川は、待っててほしいの?」

 流川が待っててくれって言ってくれたら、あたしはきっと待っていられる。5年でも10年でも。多分おばあちゃんになったとしても。
あたしは流川を一度も楓と呼んだことはなかった。それはきっと、楓と呼んだら、一生離れられなくなってしまうと思ったからだ。けれど今、気付いた。名前で呼ぶことなんかなくても、あたしはもう流川でいっぱいだ。

「俺は、向こう行っても、ずっとお前が好きだ」

 「ずっと、ずっと。」

 そう言って、あたしをぎゅうっと抱きしめる腕を、今までで一番強く感じた。流れる涙を見せないように、流川にしがみついて静かに泣いた。

流川は優しい。けれどその優しさがあたしを殺すことを、君はきっと知らない。


(Sad bone)