明日の自分がどうなってるかなんて誰にもわからない。わかるはずないのだ。予想できないから生きている。 だからって、だからっていきなりそれは酷すぎじゃないか。 あたしはまだ少し生徒が残る校舎内を全力疾走中。肌寒い季節になってきたのに汗をかいて、制服でいることすら関係なくて、もうとにかく誰にも見つからない場所に行きたくて走った。後ろから追ってくる音も何も聞こえないのが、助かったと思った反面、とても、悲しかった。 あたしは結局一人になる場所を見つけることができた。といっても、ただの屋上だ。しかし6時を過ぎるこの時間帯、部活をやっている人はこんなところにこないし、帰宅部はとっくに帰って家でテレビでもみてるか友達と遊んでるかだ。要するに、ここに来る人はきっと自分以外にいない。だからここを選んだ。 「アメリカに行く」 栄治はそう言った。さっき。いきなり。何の前触れもなく。 いや、前触れは、あったのかもしれない。あたしは、アメリカ遠征から帰ってきたときの栄治の嬉しそうな顔を覚えている。 でも、栄治は一人で全てを決めた。アメリカに行ってバスケすることが、栄治に必要なことは十分わかっている。けど、一言くらいあたしに相談とかしてくれてもよかったんじゃないか。 あたしは栄治の何なんだろう。幼馴染じゃないのかなあ。彼女じゃないのかなあ。 目頭が熱くなる感じがして、あたしは冷たい床にぺたんと座りこんだ。制服のスカートに落ちる涙が切ない。 ばんっ、と乱暴に扉が開く音が背後で聞こえて、あたしの肩はびくりと震えた。でも、こんな顔で後を振り向けるわけがない。 荒い息遣いが聞こえる。きっと、ここまで走ってきたんだろう。 「…なんで、逃げるんだよ」 本来ここにいる筈のない栄治の声が聞こえる。 「…さっさと部活行けばいいじゃん」 「、」 「そんでさっさとアメリカにでも何処にでも行けばいいじゃん!」 悲しかった。栄治はきっとあたしがいなくても生きていける。そして、栄治がいなかったらどうしていいかわからない、なんて考えている自分が情けなかった。消えてしまいたくなる。涙が止まらない。でもあたしは意に反する言葉を並べる。声が震えてしまうのは仕様がない。 「良かったじゃん、大好きなバスケの本場だよ、楽しんでおいでよ」 「なあ、」 「あたしは新しい男でも作ってよろしくやってるから」 「!」 「だから、あたしのこと、わすれ」 「聞けって言ってんだよ!!」 あたしの言葉を遮って後ろからぎゅっと強く抱きこまれた。栄治が怒ってる、あの栄治が。怒りたいのはあたしの方だ、っていうセリフは、あまりに栄治が泣きそうに怒るから引っ込んでいってしまった。耳元ではまだ少し荒い栄治の吐息が、あたしの首元にかかる。 「悪かったよ、何の話もしないで、いきなりっ」 「でも、俺だって…!」 「お前ばっかり寂しいと思うなよ!!」 ぽた、とあたしの肩に雫が落ちる音がした。あたしは堪らなくなって、勢いよく振り向いて栄治を抱き締めた。栄治は震えて泣いている。 「ごめっ、ね ! えい、じっ」 「っ…、」 「新しい男作るなんて嘘だよ…っ」 そしてあたし達は暫く泣いて泣いて泣き続けた。栄治が部活を抜けている事実とか、そんなこともうどうでもよくて、あたし達はお互いにしがみついてひたすら泣いた。 「俺、もっとちゃんとした男になって帰ってくる」 「だから、待ってて。が俺の居場所だから、お前がいなかったら俺こっちに戻ってこれない」 栄治は鼻声で、あたしの耳元でそう言った。 栄治がそれを望むなら、あたしはいつだって栄治の居場所を守り続けると、同じように鼻声で栄治に誓った。 初めて雪が降った日のことだった。 (だから、お願い) |