ぴちゃん、と水の音が広がるバスルームには、あたしと栄治が湯船に浸かっている。あたしの憧れた猫足バスタブだ。あたしが好きそうだから、と言ってわざわざ付いている部屋を選んでくれていたらしい。ほんと大好き。あたしたちは情事の後の気だるい身体をお湯に浮かせるように、時間が過ぎるのをじっと見ていた。 昨日アメリカについたあたしは、寄り道も何もせず、すぐに栄治の部屋に向かった。日本とは少し違うインターホンを鳴らすと、バン、と大きな音をたててドアが開かれて、泣きそうな顔をした栄治が居た。思い出すだけで、ちょっと笑える。それと、嬉しくて涙も出そうになる。 「迎えに来るから、とか言っといて『アメリカ来て』だもんなあ」 あたしの身体を後ろから包むように抱いている栄治は、「すいませんねぇ〜」と言ってあたしの二の腕をふにふにと触る。 「まさかあたしがアメリカに住むことになるなんて、思わなかったよ」 「嫌だった?」 「ぜーんぜん!むしろ、一緒にいられて嬉しい」 と言うと栄治は「やめて、泣きそう」とか言って鼻をすすった。ばあか。 「親父さんとか、何か言ってた?」 「いや、栄治が帰ったあとはもう宴会だったよ」 「悪いな、もうちょっといられればよかったんだけど」 「試合だったんだからしょうがないよ。そんな忙しい中挨拶にきた栄治のこと、お父さん気に入ってたみたい」 「うおおお、よかった…」 3時間ぐらいしか喋れなかったし、嫌われたらどうしようかと思った… と深いため息を吐く栄治の膝に手を置いて、少し笑った。 「1年ぶりに会った栄治と3時間しか居られなかったのも、少し寂しかったけどね」 「でも、これからはずっとこうして一緒にいられるじゃん」 「どうかなー、栄治が浮気しないこと前提の話だしなー」 「ええっ!しねーよ俺!今までだって一回もねーよ!」 ばしゃんばしゃんと栄治が慌てる度にお湯が跳ねる。わかってるってば、栄治。だってあたしは栄治のこと信じてるから。そうじゃなきゃ1年も、待ってられるわけないじゃんか。 「栄治」 「ん?」 「好きだよ」 なんだか無償に言いたくなってしまった。だって、幸せなんだもん、すごく。すると栄治はあたしの首回りに両手を回して、ぎゅっと抱きしめた。背中に密着している胸板が、1年前よりもずっと逞しくて、どきっとする。もう少女じゃないのにね。 「、すげー好き」 「…うん」 「好きすぎて、離れてる間、どうにかなっちまいそうだった」 あたしも、と言おうとして口を開くと、栄治が首筋に噛みついたみたいで、その甘い痛みに声が上がる。 「ずっと、思ってた。こうやって、の身体に触れたいって、」 首筋を舐めながら水の中の栄治の手があたしの身体を這いまわる。その触れ方が前と全然変わらなくて、いや、前以上に大事に扱ってくれているような気がして、泣きそうになる。幸せすぎて。 「ずっと、一緒にいて。死ぬまで、ずっと」 じゃないともう俺、耐えらんない。早死にしそう。そう言ってもう一度ぎゅっと強くあたしを後ろから抱きこむ栄治の逞しくなった腕に、そっと触れた。もう、絶対に、離れない、そう思った。 「…ムラムラしてきた、もっかいしていい?」 「バカ」 (或る浴室のはなし) |