月明かりが照らす細い歩道に、二つの影が並んでいる。オレの影は少し長くて、の影は短くて、細い。 「ごめんな、こんな時間まで待たしちゃって」 「全然平気!漫画読んで時間潰してた」 「なんの?」 「ただの少女漫画、慎吾も読む?」 「いや、オレ少女じゃねえもん」 「あたしも少女じゃないけどさ」 でもおもしろいんだよ、ってはオレを見る。街灯が眩しくて思わず目を細めてしまうけれど、彼女の顔はしっかりとオレの眼に映っている。は鞄を背負いなおしながら、あのねえ、と言う。彼女はもうオレを視界に映しておらず、遠くまで続く道のりを眼で追っているようだった。 「男の子が裕也っていって、女の子が愛理っていうの。裕也と愛理はすっごい仲良くて、小学校からずっと友達の、いわゆる幼馴染ってやつだったわけ。高校も一緒でクラスも一緒、まさに運命?みたいなかんじ」 「ふうん、なんかオレらみたいだな」 オレらも小学校からの仲良しだろ?というとは、そうだね、と小さく笑った。 「それで、愛理は実はずっと裕也が好きだったんだよね。小さい時からずっと。でも二人の関係を壊したくないから告らないでずっと友達のポジションで居たわけ。でもある日さあ、かっわいい女の子が出てきて、裕也に告るんだよ、その女の子が。そこを愛理が偶然見ちゃって、それを裕也に見つかっておいかけっこ。結局つかまるんだけど、そのときに裕也に抱きしめられて、「オレはお前がすきだよ」ってなって、二人はつきあうの」 「いい話じゃん」 「ね。それだけならよかったんだけどさあ」 「まだ何かあんの?」 「そう。裕也が引越しすることになっちゃうの」 はあ、と白く気体と化した溜息をはき、瞬きをする。鼻の頭が赤くなっている。寒いのだろうか。 「付きあってまだ初めだったけど、今まで通り2人は仲良くて、気持ちが、友達から恋人に変わって、素直に好きだって言えるようになったころに、裕也の家が引越しすることになるんだよね。しかも鹿児島。遠いってもんじゃないよもう」 笑っちゃうよね、今までずっと一緒に居たのにさ。そう言って悲しそうな顔をして空を見上げる。オレもつられて空を仰ぐと、珍しく星が沢山瞬いていて、月も負けじと輝いていて、目を凝らせば宇宙の先だって見えるようだった。はまた溜息を吐く。灰色のマフラーを結びなおしてまた上を向く。2人して上見てるけど、電柱なんかにぶつからないだろうか、と少し心配になったが、今はの言葉を紡ぐのに集中していた。 「それで?」 「遠距離恋愛。裕也が、「電話もするしメールもする、金がある時は会いに来るから」って愛理を慰めんの。それで、出発するときになって「絶対迎えに来るから待ってて」って言い残して鹿児島に行くんだ。お互いに信じ合って、不安になることもあるけど頑張って耐えるの。そしたら3年後にさ、裕也が愛理を迎えに来て、幸せいっぱい、めでたしめでたし」 良い話でしょ?といってオレを見る顔がなんだか寂しげで、オレは、そうだな、と言っての冷たい手を握った。彼女もしっかり握り返してくれて、顔が緩む。でもその手が、いつもより少し力強く握られていて、オレは、嗚呼、と思う。オレ達を繋ぐ手はどちらとも冷たい。 「どうした?」 「え?何が」 「オレがどっか行かないかって思ってんの?」 は「なんで?」と驚いた顔をした。少し力の抜けた手を思いっきり強く握る。は顔をしかめて「いたたたっ」と声を上げた後に苦笑した。 「なにすんのー」 「裕也と愛理に、オレとを重ねちゃった?」 そう言うと、は黙ってしまって俺は少し焦る。立ち止まって彼女の顔を覗き込むと、目に涙が波波に溜まっていて驚いた。眉間にしわを寄せて一生懸命耐えてる姿が、オレは急に愛しくなって、ごめん、 と言いながら抱きしめる。どうした?と問うとは鼻をすすりながら、ごめん、と言った。泣くつもりなんてなかったのに、って。 「うん、大丈夫だから。どうしたよ」 「慎吾の言ったまんまだよ、勝手に重ねて悲しがってただけ」 慎吾は、あたしが居なくても、野球さえあれば笑っていられて、一生懸命生きていける、けどあたしは何も見えなくて、他のものがなにも意味がないものに見えるのが、さみしい。愛理みたいになったら、あたしはきっとバカになっちゃう。しゃくり上げてとぎれとぎれの声を懸命に繋いでオレに伝えようとする。その真意を汲み取ってオレはもっと強く強くを抱きしめた。 「ごめん」 「ふ、 ぅ」 「不安にさせちゃってたか」 はオレの腕の中でかぶりを振った。オレにはそれが強がりにしか見えなくて苦笑する。オレの肩口にある頭を優しく撫でながら、周りに気づかれないように、耳元で小さく囁く。人は居ないとはいえ、少し聞かれてはまずいことだ。 「」 「…?」 「お前は、オレは野球できればそれで生きていけるっていうけど、ちょっと違う。つーか、全然違う」 「…っえ?」 「オレは、お前さえ居れば笑ってられるんだよ、」 オレの目の前に道はない。オレの後ろに道はできる。その道を、お前と一緒に歩けたらどんなにいいだろうと、オレはいつも夢見ているのだ。 (純愛サミット) |