朝起きて一番に、何がどうなったのかと思った。



やけに温かいと思って目を開けると、そこに広がったのは黒。少し驚いて、寝がえりを打とうとすると身体が動かない。妙な拘束感で、もぞもぞと這って、上に見える光を少しずつ目指す。やっと抜けたと思ったら、そこに広がったのは男の首筋だった。近すぎて心臓が飛び出るかと思ったけど、あたしの心臓は正常に動いているし飛び出す気配もない。あたしは深呼吸をして上を向くと、顎の下の方が見えるだけだった。けど、それが誰なのかはすぐに判断がついて、っていうかその人じゃなきゃあたしは何やってるんだってことになるんだけれども。起こしたくなくて黒いTシャツを着た分厚い胸元に顔を押し付ける。やばいなあ、これ。っていうかいつのまにベッドに入り込んだんだろう。合鍵を渡したのが間違いだったのか。そういえば大学…、と思い始めたときに、漸くこの男は動き始めて、鼻で息を吐く。

「ん…」
「…慎吾?」

小さめの声で問いかけると、布団の中で腕が持ち上がって、あたしの頭をゆっくり撫でた後にぎゅっと自分の胸に押し付けた。これ以上どうくっつけと…! 少し苦しくて優しく押し返すと、簡単に力が抜けて、楽に息ができるようになった。

「慎吾、起きた?」
「…んー…」

だめだこりゃ、完全に寝ぼけてる。唐突に思いだしたのだけど、今日は日曜だ。学校は休み。うっかりしていた。今何時かわからないけれど、寝すぎと言うこともないようだし、もう少しこのまま温かい腕に包まれていることにしようか、と思っていると、慎吾の腕が頭から背中に回ってまたぎゅうっと抱きつかれる。不意を突かれて、拒否する間もなく慎吾と身体がくっつく。

「慎吾」
「…」
「起きてるでしょ」

脇腹を少し弄ってみるとぶはっという声がして身体が震え始めた。…やっぱり。低く笑う声にあたしは悟る。

「よくわかったな」
「そりゃわかりますよ」
「そう?」
「うん っていうかいつ来たの?全然気付かなかった」
「ああ、12時ぐらいだったかな…お前すげえ熟睡してるし」
「昨日はねー、急に眠気がね…」
「お前授業入れっぱなしだったもんなぁ」
「まあね …また12時だったんだ?」

ひっついたまま会話をかわしていると慎吾は大きい欠伸をして、「店長に頼まれたからさ」と言った。「随分遅かったんだね」って言ったら、オレは大事な戦力だからな、と笑った。慎吾は飲食店のウェイターのバイトをしていて、遅くなるときはいつも12時を過ぎる。大変だとは思うけど、その店に慎吾目当ての女の子が来るとあっちゃあ、あまり面白くない。暫く黙っていると、「妬いてんの?」と聞いて来たので「妬いてない」と否定する。慎吾にはそれでもお見通しならしくて、「心配すんなって、オレはお前ヒトスジ」って言う。これで、全てが吹き飛んでしまうのが不思議だ。笑いながら「知ってる」と呟くと、慎吾も「そうかい」と笑った。少し、沈黙が流れる。それを苦痛だと思ったことも、痛いと思ったこともない。慎吾があたしを呼ぶ声がして上を向く。慎吾はあたしの頬をゆっくりと擦ってから、軽いキスを落としてくれる。そして、こんな日はいつも彼は言うのだ。



「今日も愛してる」






(素敵な色を帯びていた)