オレは誰か隣に居てくれさえすればそれでいい、誰を愛しているなんて思ったこともないと、そう、思っていたのに。 凍りつくような寒さの空気から逃げるようにして家の鍵を開ける。一人暮らしの自分に出迎えてくれる人間なんて居るはずもなくて、狭い空間に一人、足を入れた。軽いダウンを脱ぎ棄てて、電気も付けずに部屋を進む。シャワールームのライトだけ付けて、冷たい服を剥ぎ取った。 いつも浴びている温度なのに、異常に冷えた身体にはとても熱く感じて一瞬身を引く。少しずつ、足から上へとゆっくり駆けていくと、温まった血が全身に流れて、しばらくは居ていないような気さえする溜息を盛大に吐いた。小さい刺激を感じて手を自分の顔まで持ち上げると、何時の間にできたのか、切り傷がついていた。気にすることもなくシャンプーを2回ほどプッシュして頭を洗う。湯船にお湯は張られていない。 一身に湯を受けていても、脳裏に浮かぶのは彼女のことだけだ。今までの笑顔、そして最後に見せた泣き顔。どれも、思いだしたくないものなのに、どうしてか、頭から離れてくれない。 泣いて行ってしまった彼女に、どんな言葉をかければよかったのだろう。「好きだ」「愛してる」なんて言葉は要らなかったように思う。もっと根本的なところから、オレ達はすれ違っていた。今更、オレが泣いたところで、彼女が返ってこないのは判っていた。 ではどういえばよかったのか?行かないでくれと縋りつけば良かったのか。「要らない」といって突き放したのはオレなのに、自分でそれを取り返す術を当てもなく探している、こんなオレをみて彼女はどう思うだろうか。哀しいと泣くのか、ふざけるなと怒るのか。これはこれはどういうことなのだろう。 今想像して浮かんでくる彼女は、満面の笑みで笑っているのだ。 (願えども願えども) |