ベリアルは途轍も無い睡魔に襲われており、土産配りは明日にしようと決め、薬を飲むのも億劫でベッドに倒れこんだ。
あぁ、眠い。どうして今日はこんなにも眠いのか、いつもはもう少し後の時間になってから眠気が漂ってくるというのに。
どうしてか記憶をたどる。そういえば、と、今日は休む暇も無く活動し続けていたことを思い出した。 実にアクティブな人間に育ったものだと思ったが、記憶がそれを躊躇わせた。

 4日前、ザンザスに任務完了の電話を入れて、暇だから観光してくると日本に付いたのが3日前。
そして土産を買い、目当ての郷土料理を食べるという予定だったのだが、気づかぬうちに、東京郊外にある1軒の家にたどりついていた。
夜だからだろうか、中からは楽しげな笑いとテレビの音が漏れ出している。壁が薄いのだ。
何を話しているかこそわからないが、誰が笑っているか、誰が話をしているか、わかる程度の音量だった。
ベリアルは門の表札に近づき、弱く手のひらで摩った。忌々しい記憶と感情が入り乱れて眩暈がした。
テレビの音に引き続き一際大きくなる笑い声が鬱陶しく、ベリアルをイラつかせる。ナイフを取り出して石造りの表札を破壊した。
ボロボロと欠片が足元に落下していく。笑いを浮かべながらベリアルは家を一瞥し、100M以上先に止めておくように頼んだベンツに足を運ぶ。
周辺に人の影は見えなかったのが幸いだった。

 その後都内のホテルで一泊し、土産を買って飛行機に乗り込み、イタリアに着いたのはほんの2時間前だ。
流石に飛行機の中では一眠りしたが、正直肩が痛いし腰も痛い、首も痛い。
ファーストクラスとはいってもやはり飛行機に変わりは無いのだ。
ベリアルは飛行機が好きではなかった。いい思い出が一つといっていい位無い。


シャワーを浴びてないことに気が付いた。薬を飲むことまで鬱陶しいと感じていた癖に、
何故かシャワーのことを思うと自然に体が起き上がった。タオルとスウェットとTシャツをもってシャワールームのカーテンを開ける。
横にある小さいホワイトボックスの上に無造作に置いて服を脱いだ。
洗濯機に放り込んで洗剤を適当に流し込みスタートボタンを押そうとした。
そういえば、洗濯機を使うと何故かシャワーの出が弱くなるんだった。面倒だからってボスに工事を頼んでおいたのだけど、多分見た限りまだ手が届いていない。
ベリアルはどうしようか迷い、シャワーを浴びてから洗濯をすることにした。
アジト内には下っ端のためのコインランドリーがあるが、そこまで態々行くのは面倒なのでボスに洗濯機をつけてもらったのだ。
他のヴァリアーも同様に、部屋は好きなようにやらせてもらっている。
ルッスーリアなんて壁紙すらピンクで統一されてるし、レヴィは開かずの扉といわれている部屋まで存在している。
(ベリアルが面白がって覗こうとしたがベルフェゴールが冷や汗をかきながら止めたのでやめた。)

 勢いのいいシャワーを体中に浴びる。ゆっくり息を吐くと体内の有害物質が全て取り除かれたようで頭がスッキリした。
ベリアルはゆっくり目を閉じる。瞼の上にシャワーが当たって少し強く目を瞑った。
日本に行ったのは、何年ぶりだろうか。ベリアルは前髪を掻き揚げながら思う。
最後に行ったのは、いつのことだろう。

「ベリアル?」

カーテンの外から声がした。いるかぁ?と間延びする声はスクアーロであった。
なにー?と洗い終わった髪に纏わり付く水を絞りながら言う。
スクアーロには合鍵を渡してあった。スクアーロの合鍵もベリアルは所持していた。

「任務から帰ってきたって聞いてなぁ。もう終わるかぁ?」
「もう出るよ。リビングで待ってて」
「風呂上りはビールでいいかぁ?」
「私未成年だからコーラがいいな」
「今更かてぇこと言うなぁ」
「ビールはあるからスクアーロ飲んでいいよ」

今日はビールの気分じゃないんだよね、と言うとあいよぉ、と言ってカーテンの向こうでバスルームのドアを閉める音がした。
タオルで水気をとって部屋着に着替える。髪から拭い切れなかった水がぽたぽたと肩に落ちてTシャツを濡らす。
首にタオルを巻いてベリアルはバスルームを見渡し、リビングに向かった。

(悲劇の涙か、時に安堵のため息か)