気づけば、雨の中に一人で立っていた。ただ前を見据えて、ただ雨に打たれている。何故自分はこんなところに居るのだろうか。 こんなところ?こんなところとはどこだろう。ここはどこだ。ずいぶんと雨に打たれていたらしい自分の体はすでに冷え切って、指を動かすことさえ 難しい。自分の体?自分の体とはこの動かない無能な生体のことか。自分とは誰だろう。あたしは誰だ。

「  」
「…ベル」

気づけばあたしの前に金髪のおかっぱな青年が立っていた。いつのまに居たのだろう。名前はベルと言うらしい。自分では理解していないのに 名前が勝手に自分の口をついた。あたしの名前を呼んだ気がしたけど、口だけ動いていて声は聞こえなかった。 ベルはあたしの方を見てニヤニヤと厭らしく笑っている。でも不思議なことにベルは髪の毛一本さえ濡れていなくて、 雨の粒一つ一つが彼を避けて地に墜落しているようだった。ベルはゆっくりとこちらに近づいてくる。一歩一歩踏み出されるたびに地面が乾いていく。 どうしてだろう。別にどうでもいい。考えようとしてもすぐ思考回路がストップしてしまう。さっきまで考えていた自分は誰であるかという疑問符も既に 自分の脳から吐き出されていた。今頭の中に入ってくるのは目の前の、雨すらも避けてしまうこの青年の存在だ。

「どうしたの  、こんなところに一人で」
「さあ」
「何でこんな濡れてるの」
「雨が降ってるからだよ」
「雨?雨なんて降ってねェじゃん」

気がつけばさっきまであたしの身体を滅多打ちにしていた雨がやんでいた。何故だろう。またしてもどうでもいい。でもあたしの体は濡れたままで十分に冷え切っていた。 太陽の光に照らされて反射するベルの冠が眩しい。

「変な  。水遊びでもしてたのかよ」

ニヤニヤと笑みを向けてくるベルは、さっきと同じようにあたしの名前を呼んだ気がしたけどまた聞こえなかった。どうやらあたしの脳があたしの名前をシャットアウトしているようだ。 どうしてだろう。どうでもいい。どうでもいいことが多すぎてどうすればいいか分からなくなってきている自分がいる。自分とは誰だ。あたしのことか。あたしとは誰だ。

「ねえ、あたしは誰?」
「は?  に決まってんじゃん」
「聞こえない」
「……何言ってんのお前」
「自分の名前、知らない」
「気持悪ィ事言ってんなよ。オレのこと馬鹿にしてんの?」
「ちがう」
「ほんとにわかんねぇの?」
「うん」

名前を聞いた時に見せた怯えたような怒ったような顔をやめてまたベルはさっきの様な、厭らしい顔に戻った。そしていつの間にやらあたしの目の前にまで来ていて耳元で呟いた。


「カミサマに聞けばわかるんじゃね?」









神様とは誰か。